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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
中学生時代[二年生]
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展望

冬服に袖を通して登校するのだけれども。

このところは教室にいてもあまり何も言われなくなったように思う。

以前であれば石灰がたっぷりついた黒板消しや罵詈雑言が投げかけられたものだけれど。

露骨なものから小さなものまで、ずいぶんと減ってきた。

だからといって、友達を作ろうとかそういう気持ちがあるわけでもなく。

いつものように静かに。

だけど、ちらちらと先輩の様子を気にして、絵を描く日々。

「よし」

次の作品展に出してみようと思ってチャレンジしていた絵がどうにか納得できるレベルにまで落ち着いて。

さて次はどうしようかと思いながら、次の募集要項と。

ついでに持って来ていた高等学校のパンフレットを見比べる。

どれもこれも美術関係の物ではあるけれど、どこをどうやって受けるのか。

いい加減で絞りきれと担任の先生からも催促が来ていた。

「先輩はどのコースで勉強がしたいんですか」

「そうだなぁ」

立体や現代アートはあまりやったことがなく、それほど強い興味もない。

情報系に強いわけではないけど、最近はデジタルアートなんてのもあるので面白そうではある。

結局、根本にあるものは思いついたことや想像したものを正確にアウトプットしたいという事だったので。

絵が描ければなんでもいいけれど、と言うと望月さんが呆れたようにため息をつく。

「いい意味で言うならブレないってことでしょうけど、そんな事でどうするんですか」

「望月さんは何か明確な将来設計があるの?」

別に意地悪とかではなくて、単純に聞いてみたいと思った。

顔を上げてそちらをみると、望月さんも筆をさ迷わせて悩んでいた。

「そうですね、教育に関する資格の取得をしたいと考えています」

「それはまた、どうして?」

「自分はそれほど才能がある人間ではありません」

とても重大な事を、彼女はあっさりと言い切った。

ここに来て、僕に弟子入りまで志願して。

そんな熱意をもつ人間が芸術では食べて行かないという決断。

「お二人を見て思ったんです、こういう産まれ以外の所で才能を持つ人々はあくまでもそういう風に生きていくのだと」

「普遍的な生き方じゃないのは認めるけれどね」

心臓が跳ねたように暴れて、ぎゅっと胸元を握る。

新聞を手に聞いていたらしき先輩が、苦笑しながら答えていた。

「特に嘉瀬先輩です」

「僕?」

「歪んでいるとまで言うつもりはありませんが、嘉瀬先輩はとても特殊です」

芸術家一家の娘と言う意味では私も普通ではありませんがとも言う彼女は、ちょっと寂しそうだった。

「絵画の才能だけで生きていくのって、難しいんです」

非凡さゆえに疎まれたり蔑まれたりする。

それは、自分の才能がどれほどのものかはともかく痛感してきたことだ。

「難しいけど、少しでも理解を広めて緩和することは出来ると思うんです」

そこまで言って、集中しきれなくなったのか筆を置いた。

真剣な眼差しでこちらを見ている望月さんは、覚悟を決めているのだと理解した。

「私自身は人にものを教えることも好きですし、そういう家に産まれていて、そういう物に触れる機会が人より多くて」

こちらを強く強くグッと睨むような。

突き刺す視線と瞳で、理解してしまった。

「私はそういう機会に恵まれていると思ったから、教育者になろうと決めました」


最終下校の時間を過ぎたので、帰宅してから考える。

恵まれていることとは何だろうか、と。

環境はそうだろうし、産まれもそうだろう。

じゃあ、才能とは?

彼女は柊先輩や僕を「才能に恵まれている」と評した。

認めてもらえるのは嬉しいことだけれど、僕自身はそれほど大したものだとは思っていない。

やりたいことをやりたいように進めて、その結果がたまたま人の目に止まるものだったというだけに過ぎないと考えている。

もちろんそれを口にすれば二人揃って呆れるだろう。

あれはいつのことだったか。

先輩と、僕しかいなかった部室で。

僕がいつかのコンテストの結果を伝えて。

「結果を出す、とはそういうことだよ」

先輩からそういう答えが返ってきた。

僕は先輩がどうしてそういう言い回しをしたのか、本当の意味で理解していなかったのだと思う。

もっと違う視点から、もっと広く見ろと。

そう伝えられた気がして。

もう一度、パンフレットを見る。

自分に出来ることは何だろうか。

自分のやりたいことはなんだろうか。

焦っても答えの出ないこととは言え、迷うばかりで。

「どうしたの」

母が部屋に入ってきていることにも気づかなかった。

「夕飯出来てるよって何度も呼んだのだけれど」

母はその様子じゃあしょうがないわね、とまわりに散らばったパンフレットを見て納得してくれた。

「やりたいことと出来る事は別なんだなって思ってて」

「それで?」

「出来る事をすべきかなって考えてる」

それを聞いた母の笑いっぷりときたら。

ここ数年ないほど腹を抱えて大笑いしていた。

真剣に悩んでいるのにそんな反応をされたのは初めてで、怒るより呆けるしかなかった。

「やりたいことやればいいのよ」

あっけらかんと、そう口にする母の言葉には自信があった。

「やりたくもないことが続くはずもないじゃない」

それがずっと、仕事になるまで続いていくのだと言う。

僕には経験と実感がないからわからないけれど。

「やりたいことやって、それが仕事に出来たら最高でしょう?」

貴方が好きなことはなに、と改めて尋ねられて。

ほんの少しだけ、うっすらとだけれど。

自分のやりたい事を形にするためにどうすればいいのか、道筋が見えてきた気がした。

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