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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
中学生時代[二年生]
38/115

桟橋

校舎の中はもうすっかり蒸し暑くなっていて。

いつもは勤勉な望月さんもさすがにうちわを片手に休んでいて。

どうしようもない暑さにへばったまま、ラムネの瓶をカランとふる夏休みの部室で。

「また今年も遊びに出ようか」

ここに座りっぱなしも体に悪いしと口にする先輩は、悪巧みをするようにニヤリと笑っていた。


「海はいいね」

「去年も独り言で言ってませんでしたか、それ」

去年来たのと同じ海岸線で、時期がずれたので少しだけ増えた観光客を尻目に。

先輩は相も変わらず麦藁帽をかぶって釣竿から糸を垂らし。

望月さんは隣で一心不乱に絵を描いていて。

僕もラムネ片手にカンバスと向き合っていた。

海水浴に来ている観光客が遠くにいて、いつもと変わらない静かな田舎町の海岸線は。

明るくて暑く、ごうごうと風がふいていて。

潮風がちょっと眼に痛い事以外は部室と変わらなかった。

そんな中でチャポン、と音ひとつ。

釣竿を引き上げた先輩は、釣れた魚をチェックしてからクーラーボックスへ。

「今年は太公望ではないんですね」

「糸を垂らすのに無目的というのもね」

去年は意図があったけれどと言う先輩は、高い気温で蒸し暑くてもいつもの様子を崩さない。

僕はと言えば、いつもの様子とはいかなかった。

「どうしようか」

「モチーフも決まらないなんて、珍しいね」

望月さんが集中しているので、自然と先輩と僕だけの話になる。

あとは鳥がやってきて、時折猫が先輩の後ろに来るぐらいだろうか。

どうも集中できていないな、と自覚する。

「どういう絵を描きたいんだろうって思ったら」

実際こうして筆が止まることは珍しくない。

何も浮かんでこなければそれはそれでいいんだろう。

悩むことも結果としていい絵を描くための材料になる。

場所が場所だけに蒸し暑さのせいかもしれないなんてとぼけた考えまで出てくる。

「無理に描く必要はないんだよ」

「別に無理はしていませんよ」

呼吸をすることと同じ、と思えば気楽だったけれど。

先輩はそうじゃないよと首を横に振った。

「入賞しなくてはならないっていう圧迫感は、人が思う以上にバランス感覚を狂わせるものなんだよ」

そうなんですか、そうですよと。

いつものやりとりを区切りにしばらく考える。

僕は緊張しているんだろうか。

気負っているのだろうか。

隣で一生懸命に絵を描く後輩を見て、思う。

確かに張り詰めすぎていたのかな、と。

絵について語り合える人と出会えたことは稀で。

自分の作風を真似て見たいと慕ってくれる後輩の手本にならなくちゃと。

見えないところで僕は張り詰めていたのかなと思った。

日差しの暑さに目を細めて、暑くなってきた体にラムネを流し込んで。

絵から離れて、それとは別に持って来ていたペットボトルの水を頭からひっかぶる。

「嘉瀬先輩って時々発想が体育会系ですよね」

集中を切らしたのか、振り返った望月さんが呆れ顔でそんな事を言う。

風景の模写が綺麗に出来上がっていた。

「頭を冷やすならこれが一番手っ取り早かったんだよ」

海岸線や防波堤で絵を描いていると木陰は遠い。

パラソルでも持って来るべきだったかなんて先輩のつぶやきをうけて、三人して風情がないと笑って。

改めて水面をみて、想う。

去年は何を思ったのだっけと振り返って、また泳ぐ気もないまま海に来ている事に気づく。

水着を用意せずに海岸線にきて、何をやっているんだかと呆れる反面。

別に描くものが海でなくともいいのかと妙な感心を得て、イーゼルをたたむ。

「なにか見つかったのかい」

「いいものがありました」

望月さんがまた妙な事をするんじゃありませんよねと怪訝な顔をしていたけれど、僕は新しいアイデアを実行に移して見たくて。

大丈夫だよとひとこと、その場を離れる事にした。


海をベースにパラソルを描いて。

トンボやセミを小さく描いて、風景の邪魔をしない程度に収める。

絵の真ん中にはジャンクフードがてんこ盛りの机を置いて、白と赤がよく映える三角帽を脱いだまま、ビールを片手にくつろぐでっぷり太った白いヒゲのおじいさんを描き。

向かいに座ったトナカイにもビールを持たせて、ツマミに父がよく食べているソーセージを描きいれてみて。

ふざけてトナカイとおじいさんにサングラスなんてかけてみて。

勢いだけで描いた「サンタだって休みたい」と題したその絵はコンテストには出さない事にした。

よく描けてはいるけれど、やっぱり妙なものをと望月さんに呆れられた。

ただこの作品はコンテストへ出すかどうかも含めて、これでいいと思ったから。

「ちょっとふざけすぎたからね」

「やりすぎたなんて感覚があったんですか」

そんな返しをされて、お茶を噴出す。

部室の前半分に置いてある机と椅子で見ていた次のコンテスト概要がお茶色に染まってしまったし、すぐそばでやりとりを聞いていた先輩がぷるぷると震えて笑いを堪えていたけれど。

「やりすぎたくらいでちょうどいいんだ」

去年の海と鮭を振り返って、今年描いたバカンスな一枚を見て。

ちょっとでも面白いと思ってもらえたなら、それで十分かななんて思い始めていた。

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