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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
中学生時代[二年生]
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厚意

雨がまだ降りやまず、肌寒い時期は続いていて。

部室が湿気るとどうしても絵の具の乾きが悪くなるよなと思いながら落書きをして。

望月さんになんですかそれはと聞かれたのに上の空で応えて、軽く怒られて。

寒空に目を移して、まだ夏は遠いなぁなんて思っていた頃のこと。

いつもの通りに部室に向かおうとして、部室に人だかりが出来ている事に気づく。

なんなのだろうかと思って遠巻きに見て入るのを躊躇って、廊下でひっそりと聞き耳を立てる。

隠密行動に慣れてないせいなのか下手くそだからなのか。

あっさりと野次馬に気づかれ、道を譲られ。

部室まで一直線の道が出来上がってしまった。

「行きたくない」

猛烈に嫌な予感がして、おそるおそる部室を覗きこんで見ると。

柊先輩が静かに椅子に座っていて。

望月さんがその横でしかめっ面をしていて。

手前にスーツの見慣れない女性らしき人がいて。

「おや、ご本人登場のようだ」

柊先輩のそんな声で振り返った女性は、すぐに名刺を渡してきて。

何が起きているのか目を白黒させていると、先輩はくつくつ、くつくつと笑いながら。

「取材をさせて欲しいってさ」

ちょっと嫌味な笑い方をしながら、そう宣言して来た。


取材に来たという人は、まるで嵐のようで。

あれも、これもとものすごいスピードで尋ねては決めてしまっていって。

「待って下さい」

そう口にするのが精一杯だった。

首を傾げる女性に対し、柊先輩が呆れたように盛大にため息をついて。

そこでようやく取材とやらの手が止まった。

「僕はそもそもまだ取材を受けるなんて、言っていません」

きっぱりとそう告げると、理解できないといった様子でまたまくし立てられた。

僕の中では有名になりたいとか、立身出世がしたいとか。

そういう気持ちはほとんどなくて、それどころかそんなうまい話があるわけもないと思っていて。

取材を受けることの利点をあれやこれやと上げてくる女性を宥めすかして、どうにか話を聞いて貰って。

最後にはその人は怒り心頭でこちらに告げてきた。

「ここで取材を受けることは、君のためにもなることなのに」

「それを決めるのは僕自身ですから」

間髪いれずにそう返して、反論する隙を持たせないようにした。

むっとした表情でしばらく黙っていたその女性は、渋々納得して。

また来ます。

そう口にして部室を後にした。

「困ったものだね」

そう言う先輩も、少しばかりうんざりした様子だった。

望月さんも、絵を描く時間を取られたと不満げだ。

「すいません、こんな事で」

「いいさ、そもそもアポイントも何もない訪問だったのだから」

唐突に現れてお前のためだと口にする輩にまともなものがいた試しがないと嘆いていたけれど。

柊先輩にはなにか似たような経験があるのだろうか。

詳細は聞かなかったけれど。

「ともあれ、今後ああいう事があると困りますね」

望月さんが言うには。

自分の母親はプロの画家として食っていて、ああいう取材があるにはあると言う。

しかし礼を欠いていれば断ることもあるし、受けられるかどうかアポイントや事前の打ち合わせは当然であるとも言う。

至極ごもっともな話だった。

どういうことかと職員室に赴いて見れば。

顧問の先生が今年も学年主任に任命された、ゴリラのように厳しいサッカー部の顧問に怒られて頭を下げている所だった。

「ごめんなさいね」

「うちの取材のついでだったという事だ」

顧問の先生と学年主任がそれぞれそう口にしていて、メインはサッカー部へのアポイントメントで。

最近頭角を現したうちの学校のサッカー部でも、さらに期待の星であるスーパールーキーとやらへの取材が主であったのだという。

「去年からどんどん結果を出しているみたいですからね」

「特に篠宮の活躍は目覚しいと評判だからな」

本人は実直なのかあまり気にしていないようだが、と言われて。

キーワードに反応したまま僕は動けなかった。

「どうかしたかい」

先輩からの声かけで、ようやく戻ってくる。

篠宮劉生。

ずっと昔に唯一友達になれると思えた彼は、サッカー部期待の星として活躍しているのだと。

取材が来るほどに評判なのだと言う。

彼とは花火のあの日以来、ろくに話をしていない。

サッカー部からの恨みを買って揉め事を起こした僕としては。

関わりあいにならないほうがいい人物の一人だった。

「なんでもありません、それで」

話を本題に戻すと、校舎を見て回ってもいいかという取材班の話を聞き許可を出したところ。

そのまますぐに美術部の顧問にいくつか質問を投げかけて、職員室を出ていったのだとか。

「生徒が不快であったと言うなら今後は受けられないな」

サッカー部で似たようなことをされても困ると、学年主任が腕を組んでいて。

不穏な空気を感じ取った僕には黙ることしか出来なくて。

今後は留意すると先生たちから諭されて、三人で職員室を出るものの。

僕が感じていた悪寒は梅雨の寒さによるものに過ぎないと。

そう願わずにはいられなかった。

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