雑音
雨の音がざあざあと続いていて、寒いなぁなんて思いながら部室の窓から暗くなった外を見上げていて。
次に開かれるコンテストに、何か描いてみようかなと募集要項を広げていて。
雨音だけが広がる部室は、いつもの静寂さを取り戻していたと思う。
外からギャアギャアと口論が聞こえてくるまでの事ではあったけれど。
騒がしいな、と珍しく不快感を隠さない柊先輩を置いて部室の外に出ると。
口論しているのは新一年生と思わしき集団だった。
なんでこんなところでとは思ったけれど、たった一人で反論している少女を見て納得してしまった。
「だから止めとけって言ってんじゃん」
「なんで止めないといけないのよ」
「その先輩、悪い噂ばっかりだし」
「そうそう、三年生の先輩もなんかおっかないって聞いてるのに」
「美影ちゃんが危ないと思ってるから言ってるんじゃん、なんで聞いてくれないの」
僕と柊先輩のことだろうなとすぐに理解できた。
言い返す望月さんはと言えば、負けじと仁王立ちを崩さない。
間もない一年生にすら悪く言われてしまっているんだなと嘆息して。
またか、と思う反面。
やっぱりか、と不安が現実になってしまったことを嘆いている自分がいて。
それも望月さんに失礼かなと思いなおして。
開きかけたドアを半分開けたまま、見守るならぬ聞き守ることにしようと決めた。
「サッカー部の先輩があんなに言うなんてさ、絶対おかしいって」
「言われたからなによ」
「あんなに悪く言われるって事はなんかあるんじゃん」
「火のない所にケムリはたたないってやつでしょ、美影ちゃん絶対ヤバいって」
「だから具体的になんなのよ」
「辞めときなって、あの部活いくくらいならこっちおいでよ」
「美術部以外でどうやって絵を描けっていうのよ」
「それは」
そこまでで見知らぬ一年生たちが口ごもる。
望月さんは強かった。
僕の心配なんて最初から無用の物だったんだろうけど。
仁王立ちを崩さない後姿は、とても頼もしく見える。
「サッカー部の先輩に何を言われたのか、私は知らない」
知らないけどと続けていたところで、音を立てないように軋むドアをゆっくりと閉めた。
「聞かなくていいのかい」
「聞いちゃいけません」
そうなんですか。
そうですよ。
そんないつものやりとりをひっそりとしながら小声で笑い合って。
望月さんなら、きっと大丈夫って思ったから。
ドアを離れて深呼吸を一つ。
僕に出来ることは、いつものひとつだけだと暴れる心を押さえ込んで。
募集要項のうちの一つを手に取った。
それから、雨音と共に過ごして。
その作品の目処を付けた。
「よし」
「それでも、未完成なんですよね」
そうだよと返す僕を、眉間に皺を寄せて見てくる望月さんはやっぱり複雑そうだったけれど。
前に描き改めたロボットの絵を見て、僕を見て。
コンテスト用の新しい絵をみて、ため息をついていた。
「天才の考えることはわかりません」
そのまま技術の無駄遣いですとまで追い討ちをかけられてしまった。
ついにそんな言われ方をしてしまう日が来たのか、と若干心の中で膝をついてうなだれて。
ちょっと拗ねてしまったのを自覚しながら、小声で反論する。
「この絵は故事を由来にしたものだから、きっとわかるよ」
僕も望月さんもお互いに口をとがらせて不機嫌っぽくなっていたけれど。
内心そんなに悔しい気持ちばかりでもなかった。
それがきっと望月さんの精一杯の話の材料で、悪態で、悪乗りだったから。
ぶーぶーと言いながらも、その絵を見る。
全体的に青が映える一枚で。
うっすらと伸ばした蒼で池を描き込み、苔むした岩を添えて。
その中で、胴着を着たカエルが必死に飛びあがり。
それを見つめる、大きな筆を抱えた和装の美男子が一人。
小野道風と呼ばれた書の神様の事を現代風に描いてみようかと思って。
ただ描くだけでは面白くないと、調子に乗って劇画調でこれを描いて見て。
漫画家を生業とする女流作家さんは毎カットにこんな手のかかることをしていたのかと、全く関係ないところで感心してしまって手をとめてしまったりもしたけれど。
真面目に取り組んで、ノートに何度も修正をかけて。
ようやく決心して、カンバスには僕に今出来る精一杯を詰め込んだ。
出来上がった作品はもういっそと思ってそのままのタイトルをつけておく。
「なんですか、このふざけた描写は」
「大真面目に描いたんだけどな」
若干の怒気を含んだ望月さんの言葉を受けて、悪ふざけが過ぎたかななんて思ってはみたものの。
半分呆れたような笑いを堪えている彼女を見て、ああこれでよかったんだなんて。
コンテストにそのままその作品を提出しようと決めた。
結局「書神劇画」とあんまりにもそのまますぎるタイトルをつけた作品はその後どうなったのかと言えば。
さすがに他の作品と勝負の仕方が異なると評されてしまったのか、金銀どちらの賞ももらえなかったけれど。
面白いとか、発想の柔軟さを買うといった寸評や審査員特別賞と書かれた賞状と共に部室に戻ってきて。
審査員の基準がわからないと、ついに望月さんが首をひねってしまっていたのが印象的だった、
ついでに学校からも全校集会で表彰された僕を見て、僕をよく知るサッカー部どころか一年生までどよめいていた事を追記しておく。




