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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
中学生時代[二年生]
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後輩

望月美影ですと名乗った後輩は次の日から隣で僕の作業を見たり、今までの作品を見返したりするようになっていた。

具体的にどうすればいいか、という指示はしない。

僕も同様に彼女の作業をみて、独特だなと思って。

あれこれ口を出すより、僕の技術を目で見て自分なりの形に咀嚼して貰うほうがいいと判断したからだった。

僕自身がアニメのワンカットを自力で模写したように。

あるいはコンテストで出ていた作品の表現方法を真似てみたように。

自分の感覚と技法の両方で成立させたものは説明のしようがないと肩を落とし。

どうすればいいか僕にもわからないと正直に口にしてから、しばらく。

時折この子は自分で持ってきたカンバスと部室にあったもうひとつのイーゼルを使って描いていて。

本当に師弟のような関係で、気恥ずかしいなと思いながら絵を描き続ける日々が続いていた。


「出来ました」

桜がすっかり散ってしまって緑が目立つ時期。

そういう彼女は、部屋にわざわざ持って来た花瓶と花を描いていて。

出来ましたと言う割に不満げな顔をしていた。

膨れっ面をするのではなく、しかめっ面でうんうんと唸りながら作品を見ていて。

ああ僕もこんな顔をしていたのかなと思って。

「顔に出てるよ」

そんな言葉がついつい口に出た。

「だって、嘉瀬先輩が描いていたアレには程遠いです」

どれのことかと思えば、入学式に合わせて描いた一枚の話だと返された。

「校長先生から紹介されてましたよ」

どうしてもと校長から依頼があったのは花瓶の絵で、入学式の記念にと置かれているものだった。

試してみたい事もあったので、春休みで誰もいない体育館にこっそりカンバスを持ち込んで。

まるで本当にそこにあるかのように、背景を緞帳の黒く鈍い赤で塗りこんで描いた騙し絵だった。

それをわざわざ本物の花束の手前に置いて、これは先輩の作品ですだなんて紹介されたそうで。

若干、ほんの少し、ちらっとだけれど。

あの普段ニコニコとした校長の顔を思い浮かべて、余計な事をとは思わないでもなかった。

「先輩は特別なんです」

他人に見せるような作品じゃないと思って布をかけていた作品をあっさりと陽の下に晒して、彼女は悔しさを滲ませた声でそう言う。

エルフにしろ玉藻の前にしろ、あまつさえ冗談で描いた海と鮭にしろ。

彼女にはどう見えているのか、僕にはわからなかったのもある。

「あれだけのものを描こうと思ったら、もう才能の領域です」

出来るだけのことは真似てみますがと口にする彼女は口惜しそうだったけれど。

今から僕が口にすることは、きっと彼女にとっては残酷な事に違いない。

でもそれを言わずにはいられなかった。

「本当に何も、特別なことはしてないんだ」

ただただ絵が好きで、どんな風に描いたら楽しいかとか。

どんな風に凝らしたら面白いかとか、そんな事しか考えていなくて。

どうやって自分の好きな事を楽しむかばかり考えてきたから。

他人からの評価は二の次に過ぎなかった事が、こんなところで裏目に出てしまっていた。

「そうですか」

案の定、怒っているとも取れるような眉間の皺をこちらに見せていて。

僕が読んだ図書室の本を積み上げながら、どうしたものかと頭を痛める。

作品作りを中断して、いったん本を図書室に返してくるかと立ち上がる。

そうした雑用は申しつけてくれと望月さんには言われていたけど、自分で本を選びたかったから。

図書室での貸借はあくまでも自分で管理していた。

「難儀しているね」

「困り果てています」

思えば自分のことばかり考えていたけれど。

これはきっと、去年先輩が通ってきた道じゃないかと。

自分が受けた教えはなんだったっけと去年の事を思い出そうとしていて。

「困り果てていますが、これでいいんでしょうね」

悩む事に納得はしていた。

どういう意図でもってそれを口にしたのか、柊先輩はきっとわかっていたのだろう。

本当に少しだけ、ニヤリと笑って無言で読書に戻っていった。

図書室に本を返した帰り道、引き裂かれた作品の事を想う。

あの日の事を思い返して、上手く伝えられないことを後悔して。

唐突に天啓が降りてきたように、そうかと思い。

転がり込むように部室に戻って、驚いて何かを口にしていた望月さんを放ったまま、急いで作業に入る。

部室を漁って、出てきたのはすっかり汚れきったノート。

絵の具の物で一部がくっついてはいたものの、肝心の頁はまだ残っていて。

すぐさまカンバスに取り掛かって、夢中で描くこと一週間半。

前に描いたときよりも日にちはかかったけれど、以前より迫力と光を帯びた、鋼鉄の色が美しいボロットが描き上げられた。

「これは」

驚く望月さんをよそに、またも僕は残酷な言葉を自覚したまま口にする。

これはきっと、必要なことだとまっすぐ想って。

具体的なことはなにひとつ言えないけれど、その中でも彼女がきっと糧にしてくれると確信して。

「まだ未完成だよ」

怪訝な顔をしたまま、筆を置いた僕を見ている。

それはそうだろう、去年より完成度自体はあがっているのに、これでもまだ終わらないと言われても。

破られてしまったそれより格段の完成度を誇るそれをまだまだと言われても。

「理解できません」

だろうね、と返して。

それでも、と続けて。

「また次に描けばいいからね」

これが終わりではないから、もっとすごい物を次に描けばいいんだと口にする。

目を見張る望月さんには伝わったかどうか。

言葉でわからなければ絵で精一杯を尽くしてみようと、そう思った。

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