表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
中学生時代[二年生]
33/115

幕間3・望月美影

母はプロの絵師を生業としている人物で、小さい頃から色んな所にひっぱりだこだった。

メディアに紹介されるような人物ではなかったし、そういう話があっても断っていたそうだけれど。

ある時は自分と同じくらいの生徒に指導に行き。

それがさらに個人に向けてであったり、多人数への非常勤講師であったり。

絵画を実際に描いて、紹介したり。

母は自分の事を指導には向いていないなんて、そんな事を言ってはいたものの。

そんな母の背を見ながらも気がつけば同じく芸術の分野に進んでいる自分はやっぱりこの人の娘であると。

複雑ながらも、ほんの少しだけ誇りにしていた事だった。


そんな母が興奮気味に連れてきてくれた絵画展で見せてくれたのは、一枚のファンタジーな絵だった。

正直、その作品だけ浮いているとさえ思っていたのに。

色んな表現で風景が描かれていた絵画展で、エルフなんて正直ふざけているとさえ思っていたのに。

どこか人の目を惹きつけて離さないものがあった。

そうなれば、今度はいったい誰が描いたのか。

気になるのも当然だと母は口にしていた。

それが誰なのかその場では気にしていなかったものの。

次に自分が出した作品展であの作風とブッキングした時、衝撃を受けた。

私の渾身の作品はかすりもせず、まだまだなんて寸評を受けた中で。

夏休みの前にはまだ惹きつけるだけであったそれが。

ふざけているとしか思えない描き足しに過ぎなかったそれが。

格段に洗練された妖艶さを放つ逸品に仕上がっていた。

それを見た母も、周囲も。

この狐をモチーフにした紅の絵画をみて、最優秀賞はこの一枚で間違いないと口にしていた。

大きなコンテストとなれば、大人だって参加することもある。

プロアマ混ざっての選考になるのは当然のことであったはずなのに。

異彩、と言うよりも妖気を放つその作品は、当然のように最優秀賞を持っていき。

それを描いたのが、自分とひとつしか違わない中学生であると聞いて、二度ショックを受けたものだった。

だから、その中学生がすぐ近くで描いていると知って。

今度自分が上がる中学に居ると知って。

どんな奴だろうかと、顔を拝んでやると息巻いて。

あまつさえどんな裕福な生活を送っているんだとさえ悪意を持ちながら、いざそのひとつ上のその人に会って見れば。

美術部のびの字もなさそうなガラクタまみれの部屋で、困った顔で私を出迎えて。

絵を描いているのに、部屋の主ときたら読書をしているだけのさらにひとつ上の先輩だった。


「意外だったかい」

その女性、三年生を示すタイをつけた先輩は隣での一幕を予想したのか聞いていたのか。

私が戻ってきて目の前に立つと読書を中断して、そう口にした。

「先輩が、部長ですか」

問いには答えず、簡潔に聞きたいことだけを尋ねた。

「立場上はそうだね」

「これ、お願いします」

挑むような眼差しで入部届けを置いたものの、彼女はそれをすぐ手に取らなかった。

無言で、だけど怜悧な瞳でじっとこちらをみて。

ただ一言、問いかけてきた。

「君はここで、どうしたいのかな」

挑むように見つめていた私を、さらに冷たい瞳で捉えてくる先輩は一体何者なのか。

キッと睨み返すも内心は怯えていて、心臓を鷲づかみにされたような冷たさが体中を支配していて。

にらみ合いを続けながら、先に口を開いたのは先輩だった。

「私はね」

学校の中でも異端児と疎まれている人間で。

そんな自分の元に、彼が現れて。

彼はと言えば、絵を描くことを馬鹿にされ、ずっとずっとイジメられ続けていて。

自分が出会った時には、もう痛みすら忘れたような疲れきった表情でここに訪れてきて。

あまつさえ必死で描いた作品をずたずたに引き裂かれて、心を壊しかけていたと語られ。

私は二の句が告げられなかった。

あの想像を絶する作品が、さらにその上をいく経験と体験を経て産まれた物だったなんて。

あれだけの技巧を詰め込んだ絵画が、激情よりも悲しみで彩られた物であったなんて。

私にはちっとも想像がつかなくて。

絶句しているのが伝わっていただろうに、その先輩は冷酷な笑みを浮かべたまま追い討ちをかけてきた。

そんな環境でやってきた彼に何を教わろうと言うのかと。

彼自身が受けてきた仕打ちを、君も受ける事になるかもしれないとさえも。

そんな話を聞かされて、最初は嘘だと思った。

けれど、私は気づいていた。

作品がいくつか布をかけられる中、一枚だけがぽっこりと布を盛り上がらせていたのを見てしまった。

あれは、間違いなく引き裂かれた。壊された作品だと理解してしまったのだ。

かろうじて声を搾り出すように、少しだけ時間をくださいと返してその日は家に帰ってしまった。

思えば、彼に何を教わろうとしていたのか。

何の目的で彼に近づこうとしていたのか、はっきりとさえしていなかった事にがく然として。

その日の夕食は喉を通らなかった。


次の日、もう一度先輩の元を訪れて。

答えが出たみたいだね、と言う三年生の先輩に頷き返して。

「じゃあ、もう一度聞こうか」

昨日と寸分違わぬ内容の問いに答えて。

口角をすっと上げた先輩が満足そうにひとつ頷くと。

ずっと机に置かれていたであろう入部届けを手にとって。

柊美千留と名乗られたのが、先輩からの答えだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ