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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
中学生時代[一年生]
31/115

期待

先月降った雪はよっぽどの異常気象だったのか、結局すぐに暖かくなって。

窓を開けても優しい風が入り込んでくるようになるまではあっという間で、すっかり人が減ってしまった校舎だけれども。

僕はと言えば相も変わらず先輩と二人だけで、切り取られたような生活をしていて。

「いまだに嘉瀬君の作品を見たことがありません」

拗ねた様子で部室にやってきていた顧問の先生から、気安くそんな言葉を投げかけられていた。

「そうでしたっけ」

「そうなんです!」

バンバンと机を叩いた先生曰く。

気がついたら自力で応募してさっさと作品を持ち帰って。

アトリエ代わりにしている部室の後ろに布をかけて隠してしまうので、どんな作品を描いているのか知らないのだという。

だから、去年の全校集会で壇上に上がって賞状をもらっている様子をみて首をひねっていたのだと。

拗ねた様子でそんな事を口にしていた。

「あれ、でも名無しで出した作品は」

誰かが持ち帰ってくれたらしく、気がついたら部室の後ろに置かれていた。

くつくつ、くつくつと笑い声がするので。

見れば案の定先輩が笑い声を堪えているところだった。

「パフェをひとつ奢った甲斐があったというものさ」

聞けばバレー部にいる知人に、家にある女性用のスーツを着て貰って誤魔化したのだと言う。

器用な事に顧問の先生の名前まで使って。

「なによそれ!」

もうと膨れっ面をする顧問の先生を、先輩は宥めすかして言葉巧みに掌で転がす。

「おかげで宗司君の希望通りだったのだし、結果良ければ全て良しでいいじゃないか」

「せっかくコンテストで賞状を貰えるほどの作品を閲覧する機会だったのに」

しょぼんとした先生には悪いのだけれど、見せなくていいものならそれでいいと思っていて。

部室の後ろにエルフも玉藻の前も結晶の舞もあるし、破られたロボットの絵も躍る鮭もあるけれど。

「見せるほどすごいものじゃありませんよ」

「そんなはずないじゃない、あれだけ大きなコンテストに出ておいて」

先生はと言えば新入生の受け入れで疲れているのと先輩に転がされて悔しいのか、ちょっと興奮気味で。

確かに賞状を二枚も貰ったものだねと先輩からも言われてしまった。

「そうですね、確かに賞状は頂きましたし評価もしてもらいましたけれども」

僕の中ではそうしたものは副産物でしかなかった。

絵を描いていて、他人が描いている物を見せて貰う機会があって。

自分の気持ちの中に、他人の物は見るのに自分の物は見せられないのかなんて。

そんな卑屈な想いがなかったと言えば嘘になるから、コンテストにも出た。

でも結局は他人に見せるためより自分のやりたいことでしかなくて。

「僕が絵を描いているのは、好きだからそうしているだけです」

きっぱりとそう言い切る。

えー、と不満げな先生に対して先輩は黙ってこちらを見やるのみ。

視線に含みがあったけれど、続ける。

「自分がそうありたいと思ったからそうしただけですから、評価は結果論ですよ」

あっさりとそう口に出せたのは、どうしてなのか。

わからないけれど、僕自身がどう思っているのか、ずっとずっと考えてきた答えがそれだった。

何故か緊張でカラカラになっていた喉を、水筒に入っていた温かいお茶で潤して。

ついと顔をそらした先輩につられて、窓の外を見る。

「宗司君は、来年にはもっと強くなっているのだろうね」

ポツリ、とそんな言葉が転がるように聞こえてきて。

窓の外から視線を戻した先輩の瞳はとても優しくこちらを見ていた。

「そうでしょうか」

「そうですとも」

いつものやりとりだったけれど、いつもとは違っていた。

「この先一年、どうなるかはわからない」

誰にも予想がつかないけれど、と続く。

「心を傷だらけにしていた宗司君が、一年でこんなに強くなれたんだ」

きっと来年にはもっともっと強くなれると、言外にそう宣言されたような気がして。

「弱くなっちゃうかもしれませんよ?」

「おや、いまさらあの時のお返しかい」

悪戯心でそんな疑問を投げ返したら、一年前にされた質問を思い出す。

「いいえそんなことは、ただ先輩はこれでよかったのかなって」

元々は静かに読書が出来ればよかったと口にしていた先輩だったから。

僕やその周りが騒がしいことは先輩にとって望ましいことではなかったはずだろう。

そう思ったら、やっぱりここにいてよかったのかなという疑問は鎌首をもたげてくる。

来年の事を聞けた今なら先輩に尋ねられるんじゃないかと思って、内心おっかなびっくりでした質問だったのに。

「もちろん」

答えは実にあっさりと返ってきた。

「読書をする時は一人がいいけれど、それ以外まで一人でいるのも退屈だし」

それになによりと言う先輩は、部室に飾られた賞状を見て言う。

「適切な距離感で私の退屈を紛らわせてくれるよく出来た後輩と言うものは、貴重なものなのさ」

そう口にしていた先輩は笑っていて。

となりにいた顧問の先生が驚いていたように思う。

理解してくれる人がいる、という幸福があるのだと。

ようやく実感できたような気がした。

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