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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
中学生時代[一年生]
30/115

新雪

まだまだ寒さが続いてて、学校どころか布団から出るのもちょっと億劫だなと思う時期。

空気が乾燥していて、絵の具がパリッとする時期でもある。

冬の妖精を描いた『結晶の舞:嘉瀬宗司』と書かれた作品には銀賞と書かれた賞状がついていて。

よく出来たかな、なんて。

そんな思いで胸を張って、好きな事をして認めて貰える贅沢を噛みしめていた。


部室は普段人がいなくてとても寒い。

もちろん、エアコンなんてついていないしストーブも使わせては貰えない。

灯油や整備代もタダではないのだ。

そうなれば部室の中で出来るだけ厚着をするか、暖まれるような対策を取るしかない。

この時期先輩はと言えば、どこからもってきたのか。

制服の上からなにやらとても長いマフラーにくるまりながら本を読んでいた。

「宗司くんも使うかい」

と、取り扱っている編み物の店を紹介して貰って、先日行ってはみたものの。

ファンシーな店頭におっかなびっくりしながら入って。

これなら男の僕が付けても違和感はないなと、優しい青色をしたマフラーを買ってみた。

くるまると暖かくて、肩までぐるぐる巻きになるような長い長い一品だけど。

寒さで痛くなりそうな登下校にとても重宝していた。

さすがに絵を描く時には外していて、寒さに耐えるようにしてカンバスに向かう事にしている。

汚れてしまうのがなんだかもったいないような気がしてしまうのだ。

絵の具がぱりぱりと乾いていくなか、温度差で白くなった窓がいつもと違う。

「あ」

雪が降っていた。

今朝からずいぶんと空模様が悪くて、これは雨が降るかなと思いながら寒さに震えたものだったけれど。

これだけ寒ければ雪にもなるか、と納得する。

部室の前半分まで赴いて、窓をすこしだけ手で拭き外を覗いてみて。

雪の白さをみて、やっぱり違うよなと思わず苦笑してしまう。

「なにか面白いことでもあったのかい」

読書に一区切りついたのか、先輩がそんな事を言う。

しおりを文庫本に挟んでいて、マフラーでぐるぐる巻きの状態だったけれど。

口元が見えなくても、興味深そうにこっちを見ている事は判った。

「雪の結晶の色のことで、少し」

へぇ、と先輩が向き直った。

持って来ていた水筒から紅茶をすすって、続きをと促されたので席に座る。

父の疑問をきっかけに、コンテストの作品の構図を決めた話を事細かに話した。

「なるほど」

水筒から紅茶をもうひと口。

部室は二人いてもとても寒い。

外は、音を吸い込むように無音で白色だけが降り注いでいる。

寒そうにしていたのに、先輩はマフラーをぐいっと下に押しのけて、掌に顎を乗せて思案していた。

僕も楽な格好ではあったけれど、話を待つ。

「イメージの補填と言えばそれまでなんだろうけれどね」

真っ白になってしまった窓から外は見えないけれど、先輩には向こうに何があるのか見えているような。

「雪は空からやってくるものだから…かな」

「ずいぶんとロマンチックな答えですね」

「たまにはいいじゃないか、こんなロマンに立ち会えているのだし」

この辺りはあまり雪が降ることのない地域で、震えるほど寒くなるのも確かに珍しくて。

うっすらと積もり始めている雪をみて、帰り道がちょっと心配だななんて。

内心情緒のカケラもないことを気にしてはいたものの、確かにこういうのは風情だと思う。

「今日は青くないけれどね」

そんな言葉で締めくくった先輩も、結局私はリアリストだねと苦笑していた。


歩くたびにキュッと音がして、不思議な感じがする。

滅多に降らないから、いっそ楽しんでしまおうと思って。

目で楽しんで、踏んで音で楽しんで、手で冷たさを楽しむ。

さすがに食べるのは躊躇って、もう一度景色を楽しむ。

白くなったいつもの風景に目新しさを感じて。

誰もあるいてない所を選んで、キュッキュと音を立てて歩く。

ずり落ちそうになるマフラーを直しては体を傾けてあるいて、家に帰るのに倍くらいの時間をかけて。

それでようやく家に着いて、ばったり妹に出くわして。

内心でしまったと思ったのを一生懸命に顔に出さないようにした。

それでも意識は伝わってしまったのか、妹はこちらを見て。

くしゃりと歪めた彼女はそのまま家を出ていった。

今日は家にいるはずの母親が呼び止めなかったと言うことは承知の上なんだろう。

「大丈夫?」

「日頃からしっかりしてるって言ってるのに、心配なんだね」

「あの子じゃなくて宗司がよ」

正直なところ、自分に意識を向けられているのは意外だった。

「そうだね、僕はそれほどお兄ちゃんしてないからね」

今までの事を思い返して自虐的にそう言う。

あんな事になるまではそうでもなかったように思うけれど、これが現状だった。

「そんなことはないわよ、ただ」

「ただ?」

「宗司がどういう状況なのかはなんとなくあの子から聞いているけれど」

そこで、母は言葉をいったん切って、まっすぐこちらを見てきた。

先輩の時と同じく言葉を選んでいるのだろうと、その場で言葉を待つ。

「宗司自身がどう思っているのか、それを私たちは聞いてないからね」

それは意識的に避けてきていたことで。

負い目を拭えない僕にとって、答えを出してはいけない事だった。

「大丈夫だよ」

人とのうまい付き合い方なんてわからないし、出来そうもないけれど。

真っ白に染まった玄関を見て、父の言葉を思い出して。

いつか妹の想いを聞くことが出来るといいなと。

そんな風に考える余裕が自分の中にあったと自覚したのは、この時になってようやくだった。

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