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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
中学生時代[一年生]
29/115

模様

新年をリビングで過ごせたら楽なんだろうけれど、僕の環境はといえばそういうわけにもいかなくて。

年越しを自室で過ごして、一階に置いてあるテレビから聞こえてくる、アイドルのハッピーニューイヤーの声でようやく「あ、年越したのか」なんて。

間抜けな年明けになった。


次のコンテストに出す作品はもうタイトルまで決まっていて。

何か抱負的なものでも書くかと思ったのだけれど。

それじゃただ書き初めをするだけだよなと思ってしまったが最後。

やりたい事を字にして、その集合体で「新年」なんて描いて遊んでしまっていた。

「よし」

会心の出気だったので、納得して部屋を出る。

リビングに出れば母と妹があれやこれやとどこの福袋を買うかなんて話をしていて。

おはよう、と声をかけども両親からの返事のみだった。

相変わらず妹にとって僕と言う存在は目障りで、声をかけることすら嫌なんだろうなと思う。

ハッキリと口にされて以来、ロクな会話はないけれど。

それでいい、とも思っている。

母は窘めていたけれど、徹底的に僕の事を無視していていっそ清清しいくらいだった。

「新年の挨拶に行くか」

父も空気が重たくなったのを察したのか、そんな提案があって。

なんだかんだですぐ近くにある祖父の家まで車で30分。

親戚がもう集まっていて、先に来ていた大人の幾人かはすっかり酔っ払っていた。

でかくなったなぁとか、将来なにがしたいんだとか、そんなふうに絡まれて。

真面目に応えても多分覚えてないだろうな、と思って曖昧に答えておく。

「なんだ、ハッキリ言ってしまえばいいだろう」

奥からそんな声が聞こえてきて、目を向ければ酒瓶を片手にしているのに酔っ払った様子のない叔母だった。

「志乃さん」

叔母さんと言うとヘッドロックで痛い目をみるので、名前で呼ぶ。

小さい頃からこういう席で会うたびに躾けられてきたルールだ。

何をしているのか、職業がハッキリしていなくてコロコロと変わっていたような気がするけれど。

最近目標額にたどり着いたからやりたい事を始めたなんて、そんな事を言っていた気がする。

自由人というイメージがあるからなのか、それとも本当に誰にも止められないのか。

仕事が出来る人らしく、色んな事に手を出していたのに辞める時は引き止められる事が多いなんて逸話もあった。

そんな志乃さんだったからか、他の親戚はあまり物言いをしなかった気がする。

「遠慮するな、何かやりたい事があるんじゃないのか」

「好きなことを仕事に出来ればとは思ってるよ」

「ふうん」

酒瓶からコップに移して、ちびちびと飲みながら何か思案していた。

確か絵を描くことだったなと確認されて、首肯する。

「一個だけ助言だ」

そう言って、志乃さんが横に来る。

見た目は流れるような黒髪でスタイルもよく綺麗な人なので、いきなり寄られるとちょっと驚いてしまうけれど。

男っぽい言葉遣いと、近寄られた瞬間から漂うアルコール臭さが全部台無しにしていた。

「やりたいことはなんでもいい、先に決めてしまってから具体的にどうするか肉付けしな」

「色を塗ってから線を入れるようなモンだ、やるべきことがはっきりしていたら道筋は見えてくる」

話の内容は簡潔に、その二つだけを述べて志乃さんは再び酒を飲み始めた。

新年の宴会席を少し離れて縁側で思案に耽る。

やりたいこととは絵を描くことだけれども。

それを実際に仕事にしようと思っても、色々ある。

どんな絵を描きたいのかとか、どういう絵でなら自分の描き方がウケるのかとか。

新しい悩みが出てきてしまったけれど、これは必要なことなんだろうなと納得もしていた。

「志乃に言われたことで悩んどるな」

ビールの缶を片手に祖父がわざわざ僕の隣にまでやってきた。

いつも飄々としていて、博識な祖父。

昔は工事現場で厳格な責任者をしていたそうだったが、僕にとっては土いじりで野菜を育てる好々爺だった。

「なあに、アレは特殊だから真似しなくてもいいぞ」

しわだらけの顔をくしゃっとゆがめてよく笑う人でもあった。

「具体的にどうするか、道筋が見えなかったら諦めろって事でもある」

顔は笑っていたけど、視線はそんな事もなく。

真面目な雰囲気でそんな冷酷なことを言われた。

宴会の喧騒がどこか遠くにいってしまったような気がして、祖父から月に視線をずらす。

「諦めたら、全く新しい事に挑戦すればいいんだ」

なんでもいいぞ、と祖父は付け足した。

「人の才能がどういう事に向いているかなんて外から見ててもわからないもんだ」

「自分でもわからないよ」

そうだろうな、と祖父はくしゃくしゃの顔で笑う。

僕にとって絵は描きたい物であって、得意な物ではないかもしれない。

コンテストで色々な賞をもらったりはしたけれど、それが特技かと言われれば甚だ疑問でもあった。

「国によって月の模様の例えが色々変わるって話、知ってるか」

祖父曰く、兎の餅つきだけではなくて。

女性の横顔、鋏を上げた蟹、ロバ、ライオン、その他にも色々あるという。

「人から見ても色々あるんだ、宗司にもきっと何か自分でも知らない面がいっぱいあるだろうよ」

それを探して、渡り歩いてみろと言う。

満ち欠けを繰り返す月は、何事もないように夜空に浮かんでいるけれど。

その実ずっとずっと変わらずに地球のまわりを回り続けていて。

僕も内容如何はともかく、ぶれる事なくやりたい事をやり通せる人でありたいと改めて思った。

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