啖呵
コンテストでの受賞はさすがに響いたのか、おおっぴらに悪戯を仕掛けられる事は減ったものの。
キモいとか死ねとかの言葉は相変わらず折を見ては投げかけられていて。
僕の生活はと言えば、それひとつで大きく変わるような状態ではなかった。
カイロが手放せないこの時期になると記録会やコンテストが多いのか。
選考会の結果、記録を残した部活には祝なんて枕言葉がついた垂れ幕が校舎に下げられていて。
サッカー部の結果が良かったのか、何やら下げられていたような気がする。
気がする、というのはとんとそういう方向には疎いせいで。
興味がなかったから、どれくらいすごいのかがよくわからないというのもあった。
「そっか」
唐突に、学年主任が謝罪に来たことは例外だったことを思い返した。
結局どれだけ権威のある大会で受賞したとしても、それ自体を知らない人間にはピンとこないわけで。
いつもイジメられている奴がなんだか知らないが成績を残した。
周りからすればそんな認識なのだろう。
僕の生活はと言えばそれほど変わらない。
納得して教室に入り、まず座るより先に机を見る。
何も悪戯されていないのを目視して、座って。
手早く予習を始める。
周りが何か、聞こえるようになのか大声で言っていたような気がするけれど、集中を続ける。
やがてノートと問題集しか意識になくなって。
ありとあらゆる音が世界から消えたような感覚で問題と向き合って。
もっと集中を続けて、目に入る物だけを自分の感覚の中に置いて。
鉛筆を走らせる音と、ページをめくった時の紙の音だけが耳に飛び込んでくる。
カリカリと、いくつかのページの予習が済んだところで、ふと手を止めて。
まわりが静かになっているのを認識してようやく意識を引き戻す。
「」
いつの間にか教卓に来ていた担任の先生が何やら言っていて、今日の連絡事項についてを話していて。
それを慌てて聞く。
最近はずっと、そんな感じの朝の迎え方をしている。
集中したりぼうっとしたりを繰り返しながら授業を受けて。
昼休みに一人、そっと教室を抜け出して、お弁当を食べて。
午後の授業も、ちょっと眠くなりながら受けて。
それが終わったら、職員室へ行って。
顧問の先生から封筒をもらって、カギをとって部室へ行って。
封筒に入っていた絵の展覧会やコンテストのチラシに目を通して。
好きなように鉛筆で描いて、自由に筆を躍らせて。
それが終わったら、先輩と部室を出て。
まっすぐ家に帰って、次の日までを出来るだけ自室で過ごして。
そんな、わりと静かな生活を続けていた。
二学期の次のテストも近いし、しばらく部活を自粛しようかと。
そんな話を先輩としながら校庭を横切ろうとして。
目の前に誰かが立っているのに気づく。
サッカー部の人たちだ。
今度は二人や三人じゃなくて、もっといる。
その中には夏祭りのあの日に殴りつけてきたあの人もいて。
威圧感を隠そうともしない態度に先輩は顔をしかめていたけれど。
僕はと言えば冷静なものだった。
「ツラかせよ」
「嫌です」
すっぱり断れば、案の定相手はくしゃりと顔をゆがませた。
「お前に拒否権なんかねーんだよ」
「調子のんなっつったろうが」
「女の背中に隠れなくちゃ言い返せねーのか」
そんな言葉をいくつも投げかけてきて。
どん、とこちらにぶつかってきたけれど。
僕はと言えば、ぶつかり返した。
重心を前のめりにして、ぶつかってきた相手に自分から当たりに行く。
「よってたかって集まらないと、僕一人いじめることもできないのか」
「あ?」
胸倉をつかみ上げられて苦しいし、取り囲まれて内心怖いばかりだったけれど。
教室で投げかけられるような言葉のナイフや、チョークの粉をなすりつけられるような悪戯のように、これくらいでは困らないと許容できるものではなくて。
男の意地みたいな、そんな立派なものではないし。
先輩の前でみっともない姿を晒せないと見栄を張るような、そんなものですらなくて。
このまま言わせておいたらもっと酷い事をされると、身の危険を感じたからこそ退かなかった。
退くべきではないと感じたから、言い返した。
「大会で成績を残すような部活にいるのに、やることは練習そっちのけでイジメだなんて」
「こいつ!」
まさに一触即発の雰囲気だったけれど、火に油をそそぐような気持ちで言い返す。
胸倉を絞り上げられたけれど、夏祭りの日に味わったような熱はこなかった。
「お前ら、何をやっているんだ」
いつの間にか消えていた先輩と共にやってきたのは学年主任で。
それを見たサッカー部の人たちは、蜘蛛の子を散らすようにその場を駆け出してしまった。
啖呵をきっている間にまともな呼吸が出来なかったのか、地べたに這いつくばってむせていたけれど。
やるべきことはやったし、言うべきことは言い返した。
呼吸を整えて、体に異常が無い事を確認して、その場にどっかりと座りこむ。
学年主任から保健室に行くかと心配されたけど、丁重にお断りした。
「先輩」
「なんだい」
つかまれた胸元がくしゃっとしていて、あれは現実だったんだと物語る。
ずいぶんと思い切った言葉だったけれど、あれでよかったんだと思えた。
「負けませんでした」
「そうだね」
そう応えた先輩は、なんだか嬉しそうにしていたと思う。
後から心配をかけさせるなと学年主任と先輩の両方から注意を受けてしまったけれど。
これでよかったと、今はそう思えた。




