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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
中学生時代[一年生]
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花火[下]

となり街の神社にたどり着いたのは、それからしばらくしてからの事。

腫れがまだちょっと痛みを訴えてきてはいたけれど。

そんな事は今の僕にはどうでもよくて。

先輩を待たせると悪いなと。

そういう気持ちで自転車のペダルをこいでいた。


「遅かったね」

先輩はなんでもないような様子でひらひらとラムネ瓶を振っていた。

海の時も山の時も制服姿を崩さなかった先輩だけど。

今日だけはと浴衣姿に切り替えていた。

なんでかと聞いてみたら「先日までの課外活動とも違うからね」と杓子定規な答えが返ってきたけれど。

「お待たせしました」

「待ったともさ、花火が始まってしまうんじゃないかと危惧したよ」

神社の境内にはほとんど人がいなくて。

ここを穴場と知っていたのであろう見物客がチラホラといるだけだった。

そんな中、神社の縁側に座りこんで。

ラムネの瓶やジュースの缶、ペットボトルや出店の食べ物を少しだけ持ち寄って。

ゆっくりと花火の時間を待つ。

程なく光がやってきて、ドンとお腹に音が響く。

花火の光はとても綺麗で。

絵にするにはあまりにも刹那にすぎていて。

目に焼き付けるのが精一杯だった。

部屋にこもって絵ばかり描いていて、こんなに綺麗に花火が打ち上げられているなんて。

知らなかったのはもったいなかったという後悔もあった。

完全に油断し切っていたからだろう。

「痛かっただろう」

先輩から、そんな言葉を投げかけられて。

その言葉が誰に向けられたものなのか。

その言葉の意味は一体どこからやってきたのか。

理解する頃には、もう完全に返事をするタイミングを逸してしまっていた。

「本当はね」

どどんと響く花火の光と音にまぎれて、先輩の言葉が続く。

「いつしかこういう事が起きるんじゃないかと、危惧はしてたんだ」

思い当たるフシはさて、いくつあるやらと口にする。

いつしか花火を見るのを止めていた。

「君に落ち度はない」

それだけはと言っていたけれど、続きは花火の音にかき消えてしまった。

「絵を描くことの何が悪いのか」

これは、はっきりと聞こえてきた。

先輩の独白のようなものだったけれど。

間違いなく、自分に向けられた言葉だと理解できた。

「自分の好きなことを精一杯やって、その結果評価してもらえれば嬉しいだろうけれど」

色とりどりの光がお互いの顔を染めている中、先輩は言葉を続けていた。

「それを貶していい権利なんて、誰にもないから」

言葉を噛みしめる。

いつになく真面目な様子の先輩はこちらを見ないまま。

花火の音や光がどんどんと先輩の言葉を妨げていたけれど。

語りかけられている言葉は、とても深く自分の中に沈みこんだ。

「自分を貶めるような人間に、どうか負けないで欲しいんだ」

そこでようやく先輩がこちらを見た。

花火の光に照らされて晴れ上がった頬を見たのか、先輩は少しだけ喉を詰まらせて。

まだ冷えていたラムネの瓶を、腫れた頬に当ててきた。

「強くなれ、とはとても言えないけれど」

先輩は思案を続けて、ゆっくりと言葉を紡いでいて。

僕になんと語ればいいのか、模索してくれているような気がして。

「君だけの武器で、君の価値を語ればいい」

花火はとっくに終わっていて。

星空だけがそこにはあって。

天体観測をしたあの日の先輩の言葉を思い出した。

僕だけにできる特別なこととは、何なのか。

僕になら出来ることとは、何なのか。

「はい」

答えをすぐに返すことは出来なかったけれど。

何か、自分だけの武器を持ちうることは出来るんじゃないかと。

明確な言葉はなかったけれど、それで十分だった。

曖昧ながらも伝わったことを確信したのか、先輩はよしと一言。

二人して、自転車をひいて帰っていった。


学校が始まってすぐのこと。

二学期が始まってすぐの実力テストを乗り切って、部室に駆け込んで。

すぐさま買ってきたノートを一冊潰した。

潰したと言っても構成から色のせ、ラフスケッチ、細部の設定を事細かに書き上げて、

なんどもなんどもなんどもなんども。

描いては止めてみて、構成を細かく練り直して。

あっという間に寒くなってきた部室の窓を静かに閉めて。

発色と構成を見直しながら、ノートに描いた試作品を見て。

最初にノートからカンバスに写した時の着色の差を鑑みて。

本から吸収した技術をふんだんに使って。

絵画展で他の人が使っていたのであろう技法を見よう見真似で試作して、完成予想図に取り込んで。

出来る限りの技術を取り込んで。

たったそれだけの事に数日もかけて。

一本の線に悩んで、一面の色に悩んで。

それでもと諦め切れずに試行錯誤を繰り返して。

ようやく出来上がった、燃えるような紅が映える美しい一枚の絵が出来上がった。

これもまた、言ってしまえば未完成だろう。

頭の中にある理想の通りには描けていない。

けれど、それでも満足だった。

出来る限りのことはやって見せた。

可能な限りの技術も詰め込んだ。

最大限の努力をもってして、あとは天命を待つのみ。

自分にそう言い聞かせて、改悪になりかねないアイデアと試作品が詰まったノートと筆を置く。

間違いなく規定どおりで、そのチラシに書かれていた約束事を間違いなくクリアしているのを確認した。

もう部室はすっかり寒くなり始めていて、外も暗くなるのが早くなってきた。

自然光ではなく、部室の蛍光灯に照らされているけれど。

紅色がよく映えるその一枚の絵画に、タイトルをつける事にした。

「玉藻前:嘉瀬宗司」

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