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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
中学生時代[一年生]
24/115

花火[上]

「宗司、あんた夏祭りのチラシ、描いてみない?」

母からそう申し出があったのは海から帰って来た時のこと。

重ねて言うが、僕は自分の絵を人に見せる前提では描いていない。

興味のあるモノでなければ下手の横好きも同然だろう。

それでも、あれでもないこれでもないと条件をつけて引き受けて。

どうせ採用される事もないだろうしと。

半ば手抜きみたいにざっと数日ほどで描いて、色鉛筆の色彩で渡した。

これでいいか、と引き受けたのにあんまりにも雑にしたせいで。

僕はと言えばその話をすっかり忘れていて。

先輩から夏祭りにもいってみないかとお誘いを受けた時にそのチラシを目にするまで頭からすっぽぬけていた。


「何も人ごみに飛び込もうってわけでもないさ、静かに花火を見られるところがある」

そう口にした先輩はとなり街の神社について話してくれた。

距離も自転車で行けばそう遠くもないようだ。

実際は自分で描いた絵についてしかめっつらをしていたのだが、先輩が運よく勘違いしてくれたようなのでそのまま乗っかる事にした。

「それならいいですけれども」

毎年行われている夏祭りはそこそこ出店も出ていて、最後には花火もある。

人が多いので大きな公園や開けた場所はあまり近づきたくなかった。

「では決行だ。今日のようだし、夕飯を食べて現地集合でいいかい」

言われてようやく当日だったことを思い出す。

すぐに帰って両親に話しておく必要がありそうだった

「じゃあ、現地で」

では後でと先輩に告げて、すぐに帰宅した。

好奇の視線が刺さるけれど、もうそれは気にならなくなっていたように思う。

母と妹はもう祭りにでかけたと言う父が夕飯を食べていたので、一緒に食べて。

買い食いのために少しだけ小遣いを足させてもらって。

軽い準備だけを済ませて早めに家を出る。

出店は通り越して、自販機で飲み物を買い足して。

そうして折り返そうとしたところに、それは居た。

「よう」

相手は誰だかわからなかった。また、顔にだけ見覚えがある相手。

三人ほどいて、これは絡まれているのだなとすぐに理解できた。

ひと目見ても誰だかわからないので必死に脳裏をぐるぐると検索し続けるけれど、やっぱり名前は出てこない。

視線を合わせずに通り過ぎようとして、肩をつかまれた。

やっぱり見逃してくれそうにはない。

「ウチの部の奴が世話になったってな」

そこで、サッカー部の部員であることを思い出す。

絵画展から帰ってきた日にこちらを睨み付けていた一団の一人だった。

「どうやってアレに取り入ったのか知らねーけど」

肩をつかむ手が強く握られた。

「調子のんな」

手短に、目的だけを威圧感たっぷりに伝えてきた。

肩から圧力がなくなったと思った次の瞬間、殴り飛ばされた。

何が起きたのかわからないまま、したたかに自販機に背中を打ちつけられて。

他の見物客もチラホラいる手前、派手なことは出来ないのかそのまますぐに離れていったけれど。

頭は至極冷静なままで、腫れた頬の痛みは確かに殴られた事実を伝えてはきたけれど。

そういうことか、と納得もしていた。

あの一件は、サッカー部にとっては僕が悪いと言う事にしておかなければ面目が立たないのだろう。

柊先輩を直接相手にしないために、僕が一人でいるタイミングを狙って。

その上、逃げて柊先輩に告げ口をされるとまずいから、三人で取り囲んで威圧したんだろう。

でも、不思議と悲しい気持ちは沸いてこなかった。

以前の僕であればなんでこんな事をされなくてはならないのかと嘆いていたかも知れない。

あるいは、どうして僕なのかと喚いていたのかもしれない。

いっそ恨み言すら口にしていたかもしれない。

でも、彼らが離れて行ってから思ったのは「哀れだな」と、そういう感想だった。

三人いなければ、僕一人まともに貶すことも出来ないのか、と。

柊先輩が怖いからと、僕に言わなきゃ不満のひとつも口に出来ないのかと。

僕一人倒せないのかと言うような強気でもないけれど。

かと言って関係の不幸を嘆くわけでもない。

行きついた感情は、仕方ないなという気持ちだった。

絵の事を馬鹿にされて、破られて。

理解してもらえないのは何故なのか、ずっと考えてきたけれど。

僕の哀れむ態度も、結局は相手の事を何も理解していないからなんだなと。

彼らの思いを何も知らないのだなと、腫れた頬の痛みが訴えてくるような、そんな気がして。

それでも割り切る余裕があったのは、どうしてだろうか。

湧き上がってくる感情にひとつ、蓋をして。

とにかく行かなくちゃと立ち上がって、砂埃をはたき落とす。

ふと前を見ると、篠宮君がいた。

缶ジュースをいくつか抱えていて、他の仲間たちと合流する予定なんだろう。

冷えた缶ジュースが袋の中で、カランと音を立てた。

花火の見物客が行きかう中、また。

あのときのように、静寂が周囲を支配したような感覚に囚われる。

「あの」

珍しく彼は声をかけてきた。

ペットボトルを自転車のカゴに置いて、ふり返る。

「先輩から怒られるよ」

実に、醜いなと思った。

そんな意地の悪い突き放し方をしなくては、お互いの立場を守ることも出来ないなんて。

不器用で、不細工で。

素直さのカケラもない、みっともない言葉のキャッチボールをする。

篠宮君は、それっきり黙っていた。

彼に何か言う気にもなれず、そのまま自転車に乗ってその場を後にした。

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