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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
中学生時代[一年生]
22/115

水色

日差しが強く、窓をあけていてもムッとするような熱気に包まれていて。

じっとりとするような不思議な感じがするこの時期は、あんまり好きではなかった。

じめじめとしてちょっと絵の具の渇きが悪くなってしまうのが個人的に不満なのである。


二度目のテストが終わるとやってくるのは夏休みだ。

二年生や三年生ともなるとこの辺りで面談とかが挟まるものだけれど。

先輩は「煩わしいし決まりきってるからパス」だとか、

ある日は「そんな事より暑いしラムネでも買いに行かないか」なんて。

どこ吹く風であっけらかんとしたものだった。

僕も、あれから顧問の先生にいくつか絵画展の話をもらっている。

これに参加して見ないか、とか。

これを見学にいってみないか、とか。

色々と描いて見る機会があることはいいことだろう。

けれど、僕の中ではあまり乗り気じゃなくて。

先日の絵画展に参加して「こんなもんか」という慢心があったかと言われればそうでもなく。

絵画展で見た技法や描き方を出来るだけ真似てみて、自分の物にしてみたいという思いで描いていた。

切欠はどうあれ結局僕は、人に作品を見せたいから描いているわけじゃないのかなというのが結論だった。

「もうすぐ夏休みだね」

「何か部で予定でも立てているんですか」

「特には、ただそう言われてしまうと確かに何もしないのも退屈だね」

終業式も間近、というところで先輩からそんな言葉が飛び出してきた。

「僕は絵が描けるならどこで何してても構いませんが」

「そうなのかい」

「そうなんです」

いつものやりとりで、笑い合う。

「せっかくだからどこかに出かけてみようか」

「この暑さで億劫そうにしていたのに、妙に元気ですね」

「やることがない、退屈と言うのが一番に嫌いでね」

では二番目はなんだろうかと思っていたら、答えが返ってきた。

「二番目は、快適な場所を得られないことさ」

先輩とあれでもないこれでもないと相談して結局、行き先が決まったのは終業式の次の日のこと。

窓を開けてもなお蒸し暑い部室で、二本目のラムネをカラにした時だった。


幸いにして当日は天気に恵まれて、電車で揺られること一時間。

目的の場所に到着して早々に僕たちがしたことと言えば、ラムネのビー玉を叩いて瓶の中に落とすことだった。

「潮風のもとで飲むとよりいっそう美味しいね」

「ようは雰囲気ですか」

「風情がないなぁ」

私もそう思うけれどね、と先輩はくつくつと笑っていた。

山に行こうかとか、祭りに行こうかとか、色々考えては見たものの。

じゃあ全部やってしまうか、という結論に至って、今日は海へ。

あまり広くもなければ観光地でもない、そんな片田舎の砂浜。

海開きもまだで人もまばらな砂浜に来て、やっていることと言えば飲み物をガブのみするか、絵を描くか。

あるいは釣りでもするかくらいのもので。

海に来るとなれば一番全うな『泳ぐ』という選択肢がないあたり僕らは観光と言うものに向いていないかも知れないと思った。

風もあまり強くない防波堤のすぐそばで、イーゼルとカンバスを用意して、絵の具をぐりぐりと混ぜて見る。

太陽の下で描いているせいか乾きがそこそこ早く、かつカンバスの白が映える。

たまにはいいか、と自然を描いて見る事にして、水平線をサッと筆でひと筋。

青と蒼の境界線はどこまでも曖昧で、ずっと先まで続いているような、不思議な光景。

そのまま水平線を書くだけでもあまり芸がないなと思って、さてなにを描き足すかと思っていたところ。

先輩はと言えば麦藁帽をかぶって、クーラーボックスの上に座って、持ってきていた釣竿をヒュンとひと振り。

釣り糸をたらしてのんびりとラムネを飲んでいた。

「君もやってみるかい」

「いいえ、魚が逃げてしまいそうですし」

返事を聞いた先輩は一瞬きょとんとしたものの、それがジョークとわかったのか。

飲みかけていたラムネを戻して、くつくつと笑っていた。


日が傾くまでそうしていて、ようやく描き終える頃には水平線も空も茜色に染まっていた。

まるで世界を赤いフィルターにかけたような、そんな不思議な赤の色だった。

学校の登下校では、こんなに綺麗な夕焼けの色を実感したことはなくて。

自分の悩みとか、立場とか。そういうものがあまりにもちっぽけなんだなと実感してしまう。

夕日が水平線に溶けて行くように飲まれていって、茜色一色だったのに太陽の黄金色が海と空の堺に溶け込んで。

水平線が確かにそこにあるのだと目にくっきり映る、そんな時間。

描き終えた海の絵には、結局鮭を描き足した。

澄み渡るような青色と、自然溢れる緑の中に、どでかくインパクト十分に。

調子よく描いてはみたが、これもジョークのつもりで描いた一枚だった。

脂ののった鮭が海から躍動していて、ちょっと間抜けなものになった。

「描けたかい」

「釣れたかい」

問いかけてくる先輩に頷いて、質問を返す。

「太公望、という男の話を知っているかな」

「中国の有名な参謀でしたっけ」

「そう、彼は釣りが好きだったそうで、色々逸話があるんだ」

時には釣り好きの代名詞であるとも言う。

先輩がそう言いながらクーラーボックスを開いて、見せてくる。

氷とペットボトルとラムネ瓶しか入っていなかった。

「釣る気もないのに釣りをしていた事から、日本で言うところの『下手の横好き』という意味もあるそうだよ」

もっとも、彼の釣りには他に重要な意味があったのだけれど。と先輩は言っていた。

それが何なのかを知ったのは、学校の図書室でふとした時に伝記を読んだ時だけれど。

この時先輩は何を想って釣り糸を垂らしていたのだろうか。

ジョークで描いた鮭を片手に、帰りの電車の中でふとそんな事を想った。

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