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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
中学生時代[一年生]
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雨音

先輩からの提案を受けて、名前もタイトルもあれど誰かわからないようにして提出して、しばらく。

雨がざあざあと音を立てて降る中で、貸しホールの奥に置かれたその絵を見る。

急造にしては良くできたほうだと思う。

いわれた通りのテーマで描くだけなら簡単で。

さりとて自分の描きたい物とは何だったのか。

普遍的なものを描いた所でらしさが出るはずもなく。

かといって緑のひとつもない絵を描いてもただの反抗心みたいで憚られた。

どうしたものかと思案した結果がエルフであった。

古典的なファンタジーにおいて鉄板とされる者。

ヒトに程近い形をしていながら、文明よりも自然と生きる者。

そういうイメージが膨らんだ時、そうだと思い至って描いて見たのがこの絵だった。

でも、この絵はらしく描いたがぼくのものではない。

そういうことにしておいた。

だから他の作品にこそ注目する。

僕より工夫を凝らした作品はいくらでもあったし、見たこともない描き方や発色で彩られた作品があった。

どんな想いで描かれたのか、どんな気持ちで筆を躍らせたのか。

そうした刺激を受けて想像を膨らませるのも、美術館と言うものの目的のひとつだよと。

レポートの束をひらひらと振りながらそんなことを先輩は口にしていたけれど。

本当にその通りで、僕の知らない世界がたくさんあった。

どうしてこの発想で描いたのか、何故このテーマにこの絵だったのか。

描いた人に聞いてみたいことが山ほどある。

だから、自分の描いた作品に審査員特別賞と書かれたリボンと花がついていたとか。

審査員の間で噂になっていたとか、見に来た他の参加者に驚かれていたとか。

そんな話は僕にとっては正直どうでもよくて。

こんなにすごい絵があるんだということがわかっただけでも収穫だった。

この後一般客に対して各作品が開放されると聞いているので、今のうちに堪能しておきたい。

逸る気持ちを抑えつつぐるりと会場を一周して、ようやくホールを出る。

傘をさして、思う。

次はもっといいものが描いてみたい。

次こそ頭の中で思い描く理想に限りなく近づきたい。

まるで暖炉に薪をくべる様に、心が熱くなっていた。

体は梅雨の雨で冷えていたのに、内心は焼き鏝のような感覚で会場を後にした。


雨が降る中学校へ戻って部室へ行こうとすると、サッカー部が階段を上り下りする屋内トレーニングに勤しんでいた。

何人かには睨まれ、もう何人かには露骨に無視されるか避けられた。

トレーニングの様子を見ていた学年主任はたしか、サッカー部の顧問もしていたっけか。

どおりであの一件には感情的になっていたのかと、ようやく合点がいく。

その学年主任はこちらを一瞥すると、大きな体を揺らしてこちらに背を向けた。

たぶん、そういう事だろう。

会釈をして通り過ぎる。

トレーニングの中に絵を裂いた彼の姿はなく。

こちらに唯一、何かモノ言いたげな篠宮君の姿があった。

「おい、関わるな」

部活の先輩らしき人に窘められた篠宮君は、階段を登っていった。

トレーニングに集中しろとか、そういう事ではなく。

僕と言葉を交わすこと自体を部全体で避けられている。

今にも爆発しそうな感情は感じられた。

「…」

ピリピリとしたあの独特の空気感は、嫌いだ。

いないものとして扱うならともかく。

圧力があるんじゃないかと思うほどの敵意でもって視線を投げかけられる。

無関心よりもよっぽど疲れるだろうに。

気がつけば会場を出る時には灯っていた熱が、冷や水を被せられたように急速にしぼんでいた。

「災難だね」

誰もこちらを見なくなったのをいい事にため息をついていると、後ろからの声。

いつの間にか部室から出てきていた先輩に肩を叩かれた。

「いつものことですよ」

「それはいつもでいいことではないのだけれどね」

先輩はため息をつきながらも、しょうがないなといった風体で肩を竦めていた。

二人して部室に戻ると、先輩は何冊かの本をまとめているところだった。

「何かあったんですか」

「いやなに、今度のテスト期間は少しばかり自粛して、真面目にしておこうかなってね」

いつも思うのだけれど、先輩が読んでいる物は参考書のようなものではない。

時折新聞だったり雑誌だったりはするけれども。

「と、いうわけでしばらくこの部屋に出入りするのを控えよう」

「前回のテストではそんな事はしていませんでしたよね」

言われて思い出したが、テスト期間中もここで絵を描いていた。

「いやなに、こわいこわいオニがやってくるだろうからさ」

「そうなんですか」

「そうなんです」

煩わしいと嫌がるどころか、先輩はまたも悪戯っぽく笑っていた。

部屋を追い出されるような事態になるのなら、相手を追い払いそうなものだけれど。

何か面白いものでも見られるのだろうか、楽しそうなので良しとした。


中学二度目のテストを無事に切り抜け、テストの答案を片手にほっと一息。

部室にやってくると、先輩がくつくつと笑っていた。

何があったのか聞いてみたけれど妖精がどうとかはぐらかされるし。

部室の後ろにはいつの間にかあのエルフの絵が戻ってきているし。

しかも副賞だとかで誰かのお祝いのメッセージと一緒に図書カードが置かれていたし。

わからない事だらけで、外を見ればやっぱりざあざあと大きな音をたてて雨が降っていて、いい天気とは言いづらいかも知れないけれど。

今はこの雨音が不思議と好ましく思えた。

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