趣味
主人公『嘉瀬宗司』は絵を趣味に書く小学六年生。
ある日転校生がやってきて…
息を吸ったり吐いたりするのにいちいち意識を向ける人間はそうはいないだろう。
ぼくにとっては絵を描くことは日常的な事ではあったが、ことさら人に自慢するものではなかった。
あくまで趣味の範囲で、やりたいことをしているだけにすぎなかった。
朝。自然と目が覚めるとおおよそ家を出る一時間前だ。
両親揃って忙しいのか、僕よりさらに家をはやく出るため家には人の気配がない。
さっさと起きて朝食を二人分用意する。
寝ぼけた様子で目をこすっておきてきた妹のぶんまで、作ってあった味噌汁とご飯を温めなおして用意する。
おはようと確認のための声だけをかけてご飯を食べたら、戸締りしてすぐに登校の準備。
妹とどちらからともなく家を出る。
兄妹だが、集団登校は別の班なので一緒に登校するわけでもない。
学校につくといつもと違うクラスメイトの様子があったのだが、特には気にしない。
席に着いたら始業の時間まで持ってきた本を読むか窓の外を眺めるだけだ。
会話する誰かがいるわけでもない。
「…」
やがて朝のホームルームがはじまると、見たことのない男の子が入ってきて自己紹介をする。
興味もなかったので、とりあえず名前の『篠宮劉生』という名前だけ憶えておいた。
転校生だった。
篠宮くんは大人気だった。
見た感じもいわゆる「イケメン」というやつなのだろう。女子も男子も休み時間のたびにあれやこれやと聞いて、クラス内での立ち位置を得たようだ。
正直ほっとしている。
ぼくのようなつまはじき者だと腫物扱うみたいにされるし、お鉢がこっちに回ってくるので面倒だからだ。
授業が終わると早速篠宮君は連れ出され、グラウンドで戯れているようだった。
さすがに新顔の前でボールを故意に頭に投げつけるなんて暴投は控えたのだろうか、今日は飛んでこなかったのはもうひとつラッキーであった。
「…」
家に帰ると妹が先に帰っていて、お菓子を食べているところだった。
妹の様子におかしなところはないことだけ見届けて、さっさと自室へ。
いつもと変わらないようにして、絵を描く作業へ。
なにもかわらない、日常だった。
異変があったのは、その数日後。
篠宮君のごもっともな疑問からだった。
「嘉瀬君は、混ざらないの?」
男女に分かれてコミュニティがそれなりに設立されている様子は数日もあれば見て取れる。
そうなるとどちらに属するわけでもなく一人で行動する僕の様子は、悪目立ちしたのであろう。
「あいつはいいんだよ」
「そうそう、さっさと家に帰ってるみたいだし」
周りの面子は口々にそういう、僕からそんなことを口にした覚えはないのだが。
「でも…」
「いいからほら、今日は打順が劉生からだろ?」
「いこいこ」
もみくちゃの人だかりの中から「でも」とか「あの」とか聞こえてきたが、最終的には押し出されるようにして篠宮君は教室をでていった。
その次の日も、またさらに次の日も、篠宮君は不思議そうな顔をしてこちらを見ていたが。
男子のコミュニティがぼくに関わることを忌避していた。
誰が言い出したのか、なんのためにこんな事をしているのか。
わからないがそのほうがいいだろうという認識のもと、彼らの中で僕は触れてはいけないものという扱いで落ち着いたようだった。
その曖昧さが篠宮君にはかえって不思議だったのかもしれない。
明確な理由もないまま人が人を嫌う、というのは基本的には不自然だ。
気に食わない、ソリが合わない、そういうズレた明確さであっても理由としては十分であるはずなのだが、それすら無かった。
僕もそれでいいと思っていた。
だから後日、すたすたと下校する最中に彼から声をかけられたことは意外だった。
「やあ」
「?」
「嘉瀬君、いつも一人で帰ってるのなんでだろうと思ってさ」
「あぁ」
意外ではあったが、納得もした。
周りから言われてはいるものの、僕からそれについて何かいう事はなかったから。
それが彼にとってはひっかかっていたのだろう。
「他にやりたいことがあるから」
「何してるの?」
「大したことじゃないよ」
「でも何かはしてるんだろう?」
「してるけど」
「ほら」
彼は笑顔でそんな事をのたまう、屈託ないとはまさにこのことだろう。
その顔にはどんな事なのか教えてくれよ、と書かれていた。
「なんでもない、自分にとって、みんなと外で遊ぶより好きなことがたまたまあっただけ」
だけど、その期待に応えるつもりはなかった。
「えー」
「教えたくないわけじゃない」
でも、自慢するようなことでもない。
だから、言わない。
「うしろめたい事でもしてるの?」
そんなわけないよね?という確認もあっての質問だろう。
それくらいはわかる。
「そんなことないよ」
「けちんぼ」
しょうがないな、という感じではあったが、彼は引いてくれた。
それから、彼は週に一回のペースで一人で帰る僕のところへ足並みを揃えにやってきた。
道中クラスメイトに引き留められただろうし、こうして僕とやりとりしながら帰ることを快く思わない奴もいるだろう。
それについて彼に聞いてみれば「それはそれ、これはこれ」という実にあっさりした返答が帰ってきて、拍子抜けしてしまった。
特に踏み込んだ話をするでもなく、他愛もない話をしながら帰る。
なんとも言えない距離感はしばらくつづいた。
でも、僕から見てこの関係は悪くないなと思えてさえいた。
あんなことさえなかったなら、の話ではあるが。