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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
中学生時代[一年生]
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葛藤

絵画展の広告をみて、ひとり思った。

これを描けと言うつもりはないと先生は言っていたけれど。

僕はこれに挑戦すべきなんだろうか、と。


絵画展のチラシは、部室に置いてある。

絵を破られた一件以来、さらに強固に人が寄り付かなくなったので、ある意味では下手に持ち歩くより安全な場所となった。

そして今日もチラシを片手に、ため息をついてお茶をひと口。

考えるべきことは色々あった。

そもそも僕でいいのだろうか。

僕が参加したとして、意味はあるのだろうか。

参加できたとして、描けるのだろうか。

描いたところで、目処は付けられるのだろうか。

提出したところで、見せられるものとして出来上がるのだろうか。

いまのところ、そういう後ろ向きな心配ばかりがよぎる。

そもそも僕自身やってみたいかどうか。

意識はしてみたものの、よくわからないというのが正直な心情だった。

自分の描きたい絵が、必ずしもこの絵画展のテーマにあったものとは限らない。

「描けるのかな」

結局はそういうことだった。

改めてチラシを確認する。

テーマは『新緑』だった。

それ以外は特に明記されていない。

ルールがあるとすれば参加者が市内の中学生であることと、規定のサイズくらいだろうか?

あとは絵の技術で勝負、ということなのだろうけれど。

小学生の時の『あの日』が脳裏を過ぎる。

あやうくおう吐しそうになって、ぐっとこらえる。

そもそも自分が描いたものを人に見せる事に違和感があった。

僕の中では人に見せるものではなく、あくまでも自分の満足のために描く物だった。

創作の場があるだけでも嬉しいことであったし、僕にとってはそれだけで十分であった。

出来上がった絵が上手いと言われたところでそんな評価はほぼほぼ初めてのことで、どうしていいかわからなかったのもある。

正直にあの言葉を受け入れていいものか。

果たしてまた、恥だと罵られてしまう結末に終わるのか。

あくまでも他者の評価を頼りにする絵画展と言う場に対して、向き合うことは出来ても挑むという気骨は持てそうになかった。


「へえ、絵画展なんてあるのね」

チラシを持ち帰って食卓に出したところ、興味を示したのは父ではなく母だった。

「どういうところなのか知らないんだけどね」

「なんだ、参加したいんじゃないのか?」

参加費の心配だったらするなと逸る父をなだめる。

「わからないんだ」

「そうね、わからないかもしれないわね」

自分としては参加したいかどうか決めあぐねている事を素直に口にすると、両親もさすがに黙った。

父にも母にも絵と言う物に対するスタンスは伝えてあっても、それが学校でどういう位置づけなのかは伝えていない。

「そうか」

何か言いかけた父ではあったものの、上を仰ぎながら寂しそうに口にする。

見ている方角はきっと妹の部屋だろう。

「結局はお前がしたいようにすればいい」

誰がなんと言おうとそれだけは譲らないし譲らせない、と父は言う。

「無理に出そうとはしなくてもいいと思うの、ただこれだけは覚えておいて」

母も、出ろとは言わなかった。

子ども扱いはしたくないからとも言っていたけれども。

「何が自分にとってプラスになるのか、それはよくよく考えること」

言われて、しばし考える。

「宗司にとってこれはチャンスなのか、あるいは時間の無駄なのか。貴方がどう考えるかなのよ」

世間の広さや、あるいは自分の知らない技術を知りうる機会でもあると言う。

そうかもしれない、とは思っていた。

けれど、そこに行くためにはやっぱり自分の技術を信じて作品を出すことが前提だろう。

僕にそれが出来るのだろうか。

背中を押してもらって尚、疑問と不安が心を埋め尽くしていた。


「やってみればいいじゃないか」

チラシを手に部室に赴いて見れば開口一番、あっけらかんと先輩は言う。

「そう身構えなくたっていいさ、君らしく君だけの絵を描けばいい」

「僕にそんな事ができるんでしょうか」

「出来るとは言わないさ、ただどうしても嫌だと言うのならこういう奥の手がある」

先輩からの提案を受けて、目を見張る

「でもそれって」

「いいじゃないか、やるなとは明記されていないし」

それに、と指を立てる先輩はいつもの悪戯を思い浮かんだような、ちょっと曲がった笑みを浮かべている。

「君自身にとってメリットになることだけをすればいいと思う」

「メリットですか」

「不参加で済ませたっていい。でも参加できるのならそれで得られるモノもあるんだろう?」

そういわれて、やっぱり他者の作品は見てみたいなと思う気持ちがあることを思い出す。

自分の技術は人に向けられたものではないけれど。

そうして挑む人々の真摯な絵は、やっぱり見てみたいと思うのだ。

やりたくない、という気持ちがないわけではない。

でも、先輩はそれも見抜いていたんだろうなと思う。

「やってみたいって気持ちは『作る』事が非常に難しい。だから人は、何であれ挑戦してみたいって気持ちを大事にするんだろうね」

やっぱりねという顔でお茶をすする先輩は。

最初から僕がどうするのか、わかっていたような気がした。

部室の後ろに行った僕は、パレットを手に取った。

筆も持ってみる、チラシをみてイメージする。

答えはもうカンバスの中にあるような、そんな気がした。

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