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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
中学生時代[一年生]
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全力

そろそろ桜も散ってしまって、緑が目立つ。

ゴールデンウィークはとっくのとうにすぎていて、日差しは暖かい。

そんな折に僕がやっていることといえば、破られた絵を眺めることだった。

「…」

正直な話、いまだになんで破られてしまったのか腑に落ちていない。

絶対の自信があったとかではなくて。

なんでこれだったのかと、そういう考えだった。

元々人に対する妬みや嫉み、考えても理性的な答えではないだろうよと先輩は言っていたけれど。

考えても詮無い事。

そうだろうけど。

絵についてを否定されることはあっても、それを無き物にしようとまで悪意を向けられた事が自分の中ではショックだったのだろう。

もっと上達するべきなんだろうな、と。

うすぼんやりと結論付けようとしていた。


勉強をしっかりこなしてさえいれば両親からは何も言われなかった。

だから、授業が終わった後の時間を美術部で過ごすようになって、成績が落ちるようなことはなかった。

とりあえず最初のテストを受けて、返って来た答案用紙にほっとひと息ついて今に至る。

破られた絵は処分せずに破られたままカンバスに張られ、イーゼルに置いた。

結局あの問題が終わった後もこの絵に対して何かをする気にはなれなかった。

かといって、処分もしなかったのは学年主任の言葉に対するささやかな反抗心だったのだと思う。

忘れてはいけないと自分の中でそう嘯く部分があったのかなと思っている。

「…」

新しいカンバスを用意し終えて、もうひとつ少し汚いイーゼルを取り出す。

傷もささくれもないけど、絵の具で色んな汚れを残していた。

でも、それでいいと思う。

このイーゼルがそれだけ使われ続けた証なら、拭き取る気も洗う気も起きない。

カンバスをたてかけて、さてどうしようかと迷う。

もっと複雑に綿密にするべきだろうと考えた。

もう一度だけ破られた絵を見る。

あの絵が完成していたら、きっと自分の中では自信作だったに違いない。

だけど、あれは他人にして見れば破られる程度のものだった。

ならそれを軽く越えてしまえばいい。

破るのも躊躇うような、気迫に溢れた作品にすればいい。

手を出すことすら躊躇うような、そんな美しい物に出来ればいい。

このときの僕に、それが自分の技術で出来るかどうかは視野になかった。

たとえそれが未完成であっても。

そのうち別の形で完成させればいい。

試したいこと、やってみたいこと。

やるべきこと、色々あるけれど。

そういう作品を作ってみようと思っていた。

張り詰めているけれど、気負いはない。

そんな気軽な気持ちで真新しいノートを開く。

以前のものよりさらに綿密に、繊細に描く。

だけど迷わない。

ベストを探して、常に一番いいと思ったものだけ残し描く。

一枚の予定が出来上がるけど、まだまだ。

現時点の自分のベターには届かない。

常にベストなんてできっこない。

けれどできうる限りベターな選択肢は必ず出せる。

最終下校まで、ずっとそうして線ひとつ決めるのにすら模索を続けた。


「熱心だね」

「そうですか?」

「そうですとも」

何度目かわからない、先輩とのやり取り。

美術部のカギを閉めてから校門で分かれるまでの短い距離で、いつもこうした言葉遊びをする。

「どうでもいいと思ったことや、ここまででいいと思えば人は妥協するものだよ」

「そうなんですか」

「難しかったかな」

「いいえ、ただ…そういう感覚が自分の中にはなかったもので」

「なるほど」

靴箱で立ち止まる先輩は、こめかみのあたりをトントンと叩いていた。

駐輪場を過ぎて、校門の手前で言う。

「キミにとってはそれが呼吸するも同然だからなんだろうね」

「呼吸」

「そう、やって当たり前であれば努力することは苦でもなんでもない」

意識してはいけない事かもしれないから、わからなくてもいいよと先輩は付け足した。

家についてから、考えて見る。

趣味は何だと聞かれれば絵を描くことだのひとつでいいだろう。

それしかないと言ってもいい。

子供の頃から、ずっとずっと欠かしてこなかった事だ。

だから、それを止めろと言われてしまった事に吐き気や鈍痛を覚えた事に納得がいく。

そりゃあ、生きてる人間なんだから呼吸を止めろと言われれば死ぬしかない。

なら呼吸を続けよう。

素直にそう思って、部屋でも次のカンバスに描くものについてを考える。

今度もまた全く違うテーマで描いている。

これまでのやり方とは違うものでも、きっといままで描いた物に参考になるものがあるかも知れない。

そう思って、部屋の中にあった自由帳をひっくりかえした。

どうしたら限りなくベターに出来上がるのか。

どうしたらできうるベストに近くなれるのか。

思案はまた一冊のノートが潰れるまで続いた。


「うん」

これでいい、と思ったのはそれから一週間の後のこと。

あいもかわらずカンバスは真っ白なままでうんうんと唸ってはいたけれど。

ノートに描き上げられた一枚の絵は、僕の出来うる全力で限りなく完成に近くなっていた。

カンバスにこれが写し上げられるのはまだ先の事になる。でもきっと自信の一枚が出来上がる。

根拠はないけれど、そういう確信があった。

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