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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
中学生時代[一年生]
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動機

彼の叫びに、絵が切り裂かれた支離滅裂な理由に誰も彼もが口をつぐんでいた。

彼は、悲痛な叫びを終えると再び俯いて黙ってしまっていた。

「では、これを切り裂いたのは君だったということで、いいんだね?」

校長先生だけが、柔和ながらも少し残念そうに相好を崩してそう言うと

「はい」

しばらくしてから、かすれて聞き取れないんじゃないかと思うほど小さな声で返事が帰ってきた。

「これが、やってはいけないことだったという自覚はあるね?」

「はい」

「では、これから君がするべきことは何かな?」

「はい」

どれもこれも返事は遅く、かすれるような返事ばかりだったけれど。

どれも嫌々といったニュアンスではなかったように思う。

だから、すんなり出たのだろう。彼はあっさりと校長先生に向けて謝罪を口にした。

「すいませんでした」

「違うよ」

ややあって、ようやく彼が口にした謝罪を校長先生は切って捨てた。

どうして。

まるで顔に書いたかのように彼は面をあげて、口にしないままに問う。

「騒ぎを起こしたことより先に、人の大事なものを壊したことを謝って欲しいんだ」

校長先生は、やっぱり少しだけ悲しそうな顔をしていた。

呆然とした彼のなかで、どういう葛藤があったのだろう。

彼の顔はいろんな感情がないまぜになっていた。

校長室でしばらく。静寂が続く。

こっちを見てはいるものの、どうしてこいつに謝らなくてはならないのか。

そういう感じは、わずかにあった。

騒ぎを起こしたことはともかく、これは納得できない。

どうあっても自分より下だと思い込んでいた奴に頭など下げたくない。

しかし、先生たち大人は謝れと言う。

どうあってもわかりたくはない。

そういう感じは、伝わってきた。

校長先生は、皺と彫りを深めて残念そうな顔になった。

顧問の先生は、また爆発しそうな学年主任の形相にまた怯えている。

柊先輩は文庫本に目を落としたままだった。

何か、言うべきだろうかと思った。

自分の中の悪魔が、囁くのを自覚した。

「ひとつだけ、聞いてもいいですか」

視線が一気に集まった。誰も彼もがこちらを見ている。

「どうぞ」

校長先生が促す。

本当はこんな事を聞いてはいけないだろう。

これはとても卑怯な物言いだろう。

だけれど、大事にしていたカンバスを。

がんばって描き上げた絵をずたずたにされてしまって。

何も言い返さないわけにはいかなかった。

呆然としたまま、葛藤を中断させられてこちらを見やる彼を見返す。

もう、涙は出なかった。

だから、声は思ったより平坦だったと思う。

淡々と、事実を確認するように尋ねた。

「これを引き裂いている時、どんな気持ちだった?」

彼が目を見開いた。

顧問の先生は真っ青な顔をさらに青くしていた。

学年主任は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

教頭先生は、困った顔をしていた。

校長先生は、また残念そうにこちらを見ていた。

柊先輩は、文庫本から顔を上げて面白いものを見たとうっすら笑っていたように思う。

彼が口を開いたまま、金魚のようにパクパクとしている姿がなんだか間抜けに見えた。

「返事はいりません」

そう、付け足した。

安堵のため息が校長室に漏れる。

でも校長先生は、それがどんな意味をもつのか正確に捉えていたのだろう。

「そうですか…」

とても残念そうにしていたと思う。

部屋を出るまでの間、校長先生はずっと困ったような笑みを浮かべていた。

先生たちを残して先輩と校長室を出ると、そこには篠宮君がいた。

彼も困ったような顔のままこちらを見ている。

そういえば彼もサッカー部員だっけと思った。

その場を去ろうとしても尚、視線が背中についてきているのを感じた。

どうしてなのかはわからなかったし、どういう意図があるのか彼は口にしなかった。

追ってくる視線は振り切ってその場を後にした。


「ありがとうございました」

校長室を出る時にも口にしたが、美術部に戻ってからも柊先輩にそう言った。

「おや、なんで私は感謝されたのかな」

「誰がやったのか突き止めてくれたのは先輩でしょう?」

「さて、どうだったかな?」

「またそうやってとぼける」

「許してくれ、こういうのは慣れてないんだ」

くつくつ、くつくつと実に楽しそうに笑う先輩は、口元をずっと文庫で隠している。

「面白いものが見られたし、良しとしておくよ」

「面白いもの?」

「わかってて尋ねたんだろう?悪趣味だけれど、実に人間味のある切り返しだったよ」

最後の質問のことだろう。

「そうですか」

ちょっと呆れてジト目で見てしまう。

「わかった、わかった。そんな目で見ないでくれ。これだけ答えてくれたらいい」

「なんですか」

「あそこで、もっと彼を糾弾することは出来た筈だ」

どんな形であれ、人の努力を無為にした以上は彼に非がある。そういう事だ。

だったらその被害者である僕はもっと怒ってもよかっただろうし、もっと責めてもよかったのだろう。

「どうして、ささやかな意趣返しで済ませたんだい?」

楽しそうに聞くが、先輩はきっと。わかっていたはずだ。

僕の質問を聞いていた校長先生の残念そうな顔を思い出す。

思うところがなかったわけじゃない。けれど、答えは最初から決まっていた。

「僕は、絵が描けていたらそれでいいので」

そう返すと、やっぱり先輩は笑っていた。

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