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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
中学生時代[一年生]
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理由

声を上げて学年主任を制止したのは校長先生だった。

「どういうことでしょうか、校長」

「これだけの絵を描く子が、そんな事をするかな」

私はそうは思わないけどなぁ、とも言って続ける。

「確かに試行錯誤はあるだろうけれど」

「それならここにあるもので証明できる」

柊先輩が取り出したのは、カンバスのそばに置いていたノートだった。

カンバスに描く前にあれでもないこれでもないと、構図から色の順番までも全ページを使い潰して決めるに至った一冊。

その場でパラパラとめくっただけで、見るも無残になったとはいえ完成していればこうなったであろうという計画がそこにはあった。

「これは、彼の努力の証だよ」

「いざ出来上がってみれば気に食わなかったって事もありうるだろう」

「いいや、それはない」

それでもと反論する学年主任を前に、柊先輩は引かない。

いつもより顔を引き締めて、鋭い眼光で睨み返す。

「これがどんな絵であったのか、私はここで見たのが初めてだけども」

引き裂かれた絵を見て彼女は言う。

それは、違うと。

「聞いて見たんだ、彼に『満足したのかい?』とね」

「それがなんで自分で壊さなかった理由になるんだ」

「『満足していない』と答えたのさ、でもこれにはもうひとつ意味がある」

満足はしていなかったけど、それでよかった。

「また、描けばいい」

ポツリとこぼしたのは、どうしてだったか。

気づけば嗚咽はもう収まっていて、前を見ていた。

「そういうことさ」

そらみたことか、と言わんばかりの先輩は大仰なしぐさで席に戻った。

「なにもこれを切り裂く必要は無い、満足していなければ、もっといい絵を次の機会に描けばいい」

「仮に彼がそう考えたとして、どうしてこうも言われるほど悪評が広まっているんですか」

校長の顔色を伺っていてあまり発言してこなかった教頭が、ようやくここで口を開いた。

「教頭先生には、彼がそんな悪評どおりの生徒に見えるのかい?」

私はそうは思わない。

そんなニュアンスを含めるような言い回しで、さらりと切り返した。

教頭が口ごもるのを見届けてから、先輩は文庫本を取り出す。

「短い付き合いだ、彼の全てを知るわけじゃない」

けれど、と続ける。

学年主任は黙って先輩をにらむだけだった。

「彼が真摯に向き合ってこれを描いてきたことは知っている、とてもよく知っているのさ」

「じゃあ彼が自分でこれを引き裂いてしまうことはありえない、そういう事ですね?」

「やっていたら彼自身がここに呼ばれた時点で自己申告しているだろうさ」

大人である以上に学校の責任者である校長先生や教頭、学年主任を相手に先輩は一歩も引かずに言い切った。

私から言うべきことはそれだけだと加えると、静かに読書に戻る。

「では嘉瀬宗司君、君自身に聞きたい」

何を聞きたいのかはわかった。

ここに呼ばれた理由もよくわかった。

「やっていません」

「そうか、ではやっぱり」

これまで蚊帳の外だった生徒がビクリと肩を震わせた。

終始柊先輩を睨み付けていたはずの学年主任が、今度は難しい顔になって腕を組んだまま黙ってしまった。

「当番の先生の監督の元で君が部室棟の鍵と一緒に社会科資料室…美術部として使用している部屋の鍵も借りていったことはもう詳らかになっている」

他の誰かが借りていった様子も記録もない、となれば。

「状況としては、君しかこれを引き裂いた人物はいないと言う事になるんだが」

ようやく顔を上げた彼の顔を、はっきりと見ることができた。

そこで、彼がどんな人物だったかを思い出す。

小学校の頃からボールをぶつけていたグループに、彼がいた。

そうだ、運動が得意でサッカー部に入っていたはずだ。

そんな彼が、泣きそうなような、怒りそうなような、なんとも言えない表情で顔をあげた。

「どうしてこんな事をしたのか、聞いてもいいかい」

校長は静かに、落ち着いた声音で尋ねた。

「おれは」

ポツリと、声にならないような小さな返事を消え入る様に返して再び顔を下に落とした。

「言え」

学年主任が、憮然としたまま低い声で言う。

「でもおれ、そいつは」

「いいから、言え」

学年主任は、何かをこらえるようにして続けて言った。

「だってそいつは」

「言い訳するな!」

「だってそいつは皆に気持ち悪いって言われてて!」

ついに彼も悲鳴を上げるような声で言い返した。

学年主任はそこで声を荒げるのを止めた。

きっと信じたくなかったんだろう。

「イジメられてんのにヘラヘラしてさ!そのくせ美術の成績はいいし!」

キッとこちらを睨む。

言わんとするところは支離滅裂だけど、理解できた。

誰も彼もが黙ったまま、彼の主張を聞いていた。

まとまりがない、半ば悲鳴みたいなものだったけれど、

みんな静かに聞いていた。

「こいつが好きな絵を台無しにしてやれば本性出すだろと思ったんだ!」

「みんなにイジメられてるのにすました顔してさ!」

「心の中で見下してたんだろ!俺たちのことをさ!」

「どうすれば怒るか考えてたのさ!誰とも遊ばないしツルまないこいつが何やったら怒るか!」

いくつもいくつもいくつもいくつも。

いろんな罵詈雑言が飛び込んできたけれど。

彼の言いたいことのうち、聞き取れたのはそれだけだった。

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