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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
大学生時代[一年生](オマケ)
113/115

思索

作業と作業の間に無意識に読書を挟むことがまた増えてきた。

多分、そういうものであると体が覚えたからだろう。

何かしらダメだと思って気分転換に出たら本を片手に落ち着いている。

技術的な事、精神的な事、色々あるかもしれないが。

絵と絵の間に休憩をはさむ間も関わる何かを考えていたいのか、考えずにはいられないのか。

いずれにせよ納得いくまでの欲が出てしまうと手が止まる事はない。

そうやってしばらく書き留めたものをまとめてアイデアにして、後日清書する。

相変わらずじゆうちょうを元にしたノートが数を増やしていく。

「置く場所がなくなりそうだし、実家に送ろうかな」

「昔のものを見て思いつくこともあるんじゃないの?」

別にいい、と沙月さんが言ってくれるなら否はないのだが。

やっぱりかさばってくると場所をとる。

「一人前のアトリエを持たないとね」

沙月さんに申し訳ないと言うと、決まってそういう返事が返ってきていた。


大学の構内をあちこち歩いてはモチーフになりそうなものを見つけて座り込んで描く。

半分は日課で、残りの半分は単なる興味だった。

おかげで構内の無駄な知識だけが多くなる。

構内の奥にはトイレがないとか、事務所の屋根にはツバメの巣があるとか。

駐車場の横の木々にリスが住んでいるとか。

気が付いたものを片っ端から絵にしていくのはいつものことだったが、今日は筆を置いてきた。

一度徹底的に絵を描くことから距離を置いてみる方がいいかもしれない。

日頃しない事だからこそ、何か思いつくことが出てくるかもしれないと思えた。

「や」

「君か」

そうして意図しない所で決まって彼女に出会う。

スケートリンクからも離れた位置にある、ただのベンチ。

「順調かな」

「ぼちぼち」

それはよかった、と言うと彼女も隣に座りこむ。

「見たよ」

彼女からの感想はそれだけだったし、それでいいと思う。

見たことが何かの結果につながったのならそれで十分だから。

「返したほうがいいかな」

「好きにしていいよ」

「やった」

気に入ったらしいのでそのまま差し上げることにした。

構内のベンチでただ座って本を読み、景色を見て。

時間が変わっていくのを肌で感じていく。

彼女もそれは一緒のようで、何を語るでもなく隣に座っていた。

「ああいうの、他の人にもやってるの」

言われて考えてみるが、前例はいくつあると言えばある。

「親しい人には」

「私、さして親しくないよね」

言われてみればそうだった。

どうして彼女を描いて渡すべきだと思ったのか。

視線を横に感じながら、読書の手を止めて考える。

要らぬおせっかいだったかもしれない。

単なるインスピレーションだったのかもしれない。

けれど、どちらとも違う感情があった。

「多分だけど、もったいないと思ったから」

「もったいない」

「そう、もったいない」

好きでなければ続くはずがない、と言われた事は僕にもある。

けれど、彼女はとても冷めた目で自分を眺めていた。

中学時代、急に出来た後輩の事を思い出す。

思えばあの子も部活に入ったはいいけど何がやりたいのか、明確な目的は持っていなかった。

「当り前に続けて来た事が他人に評価される違和感みたいなものがあるのかも」

それは自分にとってそこにあって当然のもので、毎日やること。

きっかけは言われた事からかもしれないが、少なくともそうする事で何かが紛れたのか。

最初にあったものを失念している気がした。

「最初に自分の中にあったものが何なのか、忘れちゃったからかもしれないね」

何が正解かはたどり着いてみないとわからないけれど、と付け足した。

彼女はそれをじっと聞いていた。

みじろぎもせずにこちらをじっと見て聞いていた。

「明確に何を探すか決まっていなくても必ず何か手に当たる時が来るんじゃないかな」

それが今ではないだけ。

僕にはそう見えたからかもしれない。

「よかった」

「何が」

「考えてたとおりで」

何よりでした、と返して読書に戻る。

ほどなくして彼女が立ち上がる気配がした。

「取りに行こうかな」

何をとは聞かない。

彼女の事はわからないし、それほど親しくもない。

見上げるとうっすら微笑んでいて、手を振って駆け出すところだった。

スケートリンクで見た怜悧な表情とも、流れるような手の動きもしていない。

本当にただただ無邪気に手を振っていた。

特に他意も感慨もなく振り返す。

ジワジワとセミがうるさかったから何を言っているか聞き取れなかったけれど。

なにやらとても楽しそうだったのは印象に深い出来事だった。


数日後に何やら大きなタイトルをとった少女がなにやら不気味な絵を掲げて。

「この絵からインスピレーションをもらいました」

なんて、大々的にテレビに大写しにするものだから。

僕の絵柄を知っている何人かから電話で問い詰められたり、直接話を聞きだされたりして。

しばらくこそこそする羽目になったのは蛇足でいいだろう。

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