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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
大学生時代[一年生](オマケ)
111/115

深層

説明のつかないモヤを抱えたままではあったが、授業は出たし身にもなることはあった。

作品展にいくつか出してみないかという話もあったし、周りから色々意見ももらえた。

でも、どうしても頭の片隅に残った言葉がこびりつく。

「どうしたもんかな」

「いつも通りに描けているように見えるけれど」

他人から見ればそうかもしれなかったが、自分の絵柄と技法は自分が一番よく理解している。

何が欠けているのか、足りないのかを自覚した上で指摘をもらうことだってある。

だけど今回はそれがない。

完全に手探りのいわゆるスランプというやつだと思った。

今までだったら絵でこういう事が起きた時は本を読んでいた。

気がまぎれる、というべきか。

もっと言うなら自分の中にあるものを整理する時間が出来るというべきか。

取るものとりあえず講義を終えて、スケジュール帳を見て。

仕事と講義の合間に休憩をとるべきだと判断した。

大学構内では多分意味がない。

どうしたものかと悩んだ結果、市内にある公立図書館を頼る。

雨が少々道行きの邪魔ではあったが、静謐な雰囲気が出迎えてくれるとそれもすっと収まる。

誰もいない場所を探してうろうろしてしばらく、周りに人のいない休憩スペースにたどり着く。

「うーん」

ぐるりと歩き続けて司書さんに聞き、全く関係のない本を雑多に集めてみた。

ムック本、雑誌、辞典、図鑑、エッセイ。

そうしたものをずらっと並べてとにかく読んでみる。

ことごとく内容は悩みを解決しそうにないけれど、それでいい。

中学校のあの狭い美術室で、後輩達が騒ぐのを尻目に静かに読んでいたあの頃を思い出す。

何がいけないのか、何がちぐはぐなのか。

自分の中で何かが納得いっていない気持ちはあるものの。

それをどう説明したらいいのかわからなかった、だから応えられなかったんだと思う。

とにかく量を読み、目を通し。

読み終わったら棚に戻して新しい本を探す。

日が暮れるまでそんな作業を徹底して続けた。


唐突に解決法が降ってきたのは、部屋に帰ってカンバスと対面したままにらめっこを続けていた時だった。

「どうしたの」

「絵の事はわかるんだけど、他人の気持ちの事を考えてみようと思うと難しいね」

「当り前じゃない」

何を馬鹿なと言わんばかりの沙月さんからおたまで後頭部を小突かれた。

あまりに驚いた表情が面白かったのか、彼女はカラカラと笑いながら言う。

「そんなの考えてる本人だってわかんないものよ」

「そうなの」

そうなんですと返されて、腕を組んだところをまた小突かれた。

人の気持ちを慮るなら、相手の立場を考えるところからがスタートだと思う。

「そういうとこだよ」

「何の話」

「宗司の良いところだけど、悪いところ」

ずっと前に志乃さんにも同じ言葉で注意を受けた覚えがある。

あの時は何と言われたのだったか、説明はなかったような気もする。

「どういう言葉を使うにしろ、宗司ができる事は最後にはひとつしかないじゃない」

思い出す前に、沙月さんの言葉が被せられた。

本当はこれを、自力で考えなくてはならなかったのかもしれない。

「そうやって悩んで悩んで、貴方なりの答えを示したことがあったでしょ」

馬鹿ね、とキッチンに戻っていく沙月さんを見送って。

全く白紙の絵に戻る。

あの時氷上に見たものに何が足りなかったのか。

あの時自分の言葉に何が必要だったのか。

あの時彼女が欲しかった言葉は何だったのか。

どれもこれもぐちゃぐちゃになっていて、一番いい答えは出てきそうにない。

でも、自分も彼女も表現する人間だったことを思い出した。

スケジュール帳をめくってみて、やるべきことを整理していく。

「そうか」

たしか「必要なものがどれか判別するまでが毎度毎度長すぎる」と怒られたのだっけか。


次の日、明確な目的をもって美術書を漁って、これだという本を今度は借りていく。

真っ白だったカンバスに青をぶちまけた。

あまりにも適当だが、これでいい。

自分の中に合った技術が他になかったのだ。

今日はお休みの沙月さんが寝ている横で、換気をしながら描き進める。

困ったら一度他に頼まれている事、課題なんかにも移ってこなしていく。

戻ったら、もう一度青を叩きつけていく。

丁寧に白を載せて、色めき立つように仕上げていく。

それほどカラフルではないかもしれない。

驚くほどシンプルでもない。

それでも、自分の言いたい事は可能な限りギリギリまで詰め込んでいく。

全て滞りなく提出が済む頃には、ずっと降りっぱなしだった雨も止んでいただろうか。

これでいいと納得した作品をもって、外へ出る。

いつものように掃除している大家さんに挨拶をして、ずんずんと歩いて家を出た。

日頃大学に行く足取りは重いのに、こういう時だけ勇み足だと自嘲する

「あ」

そうして大学までたどり着いたところで、彼女に接触するためにはどうすればいいのか。

彼女にこれを渡すためにはどうしたらいいのか。

何もアイデアがないことにようやくそこで思い至って、思わずベンチに座り込んでしまった。

尻が雨水に濡れているけれど、それは今やどうでもいい。

「しまったな」

見覚えのある人が目の前を通ったのは、途方に暮れていたその時だった。

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