競争
描いては手を止めるを繰り返していてわかったことはいくつかある。
求められている能力と自分のできる事の齟齬はどうしても避けられないが、寄せていく事は出来る。
でもそうなると自分の絵ではなくなるようで、それが少し。
いやとても悔しいのだ。
自分を待ってくれているという会社はどういう仕事をしていたか。
また、今来ている依頼はどういうものがあったか。
商業として多少なり自分の名前を売っていくならもう少し方向性を固めたほうがいいかもしれない。
「おーい」
声をかけられること自体が珍しいので、少しだけ反応が遅れた。
相手はもうすでに眉をひそめている。
「お前確か嘉瀬っつったか」
「そうだね」
こういう時、斜に構えた相手の物言いはだいたい二つに分かれる。
苦言か嫌味だ。
「なんでそんな慌てて描くんだよ」
「待っててくれないからね」
彼にとってどんな意味があるのか、それがわからなかったので主語はあえて外した。
それが誰とも何とも思っていない。
ただ、待ってはくれないだけだからそうとしか言いようがなかった。
講義中に出来上がるわけではないので次週への持越しなど猶予はあった。
あったがそこまでに一定の完成度を見なければ点数はない。
単位もないし、生徒として紹介する事も出来ない。
救済措置、と呼べるようなものはなかった。
間に合えばいい。
出来上がればいい。
完成した先を目指すならそういう驕りを100%で叩き潰す必要がある。
「これから『プロ』を名乗ってやっていくならね」
複雑な顔をして首をひねる同級生を尻目に、ひたすら描いては消しを繰り返した。
「で、どうなの」
午前の講義が終わった時、沙月さんが同じく休憩だったり休日だったりすると校舎の周りで昼食をとる。
自分はともかく、沙月さんには何か意味があるようなので昼食のルールについては全部乗っかるつもりで任せた。
結果として大学の構内で、よくどちらかが作った弁当を広げている。
「どうって」
「講義、身になりそうかどうか」
まだわからない、と言うだけなら簡単かもしれない。
明確に何を得たかなんて意識していても説明するのは難しい。
「なるかどうかより身にしなければならないっていう思いの方が強いかな」
猶予をもらっているのはこちらの方だ。
贅沢が言えた立場じゃない。
何がおかしいと感じたのか、変な顔をする沙月さんに返す答えはこれが精いっぱいだろう。
「疲れるとか疲れないとかじゃないけど、それも何かおかしいと思う」
私も上手く説明できないけれど、と後付けしていたのは感情から来るものだったからかもしれない。
けれど、はっきりと喉に引っかかりを覚えたと残して沙月さんは午後の仕事に戻っていった。
ガジェットに描き起こした絵をもう一度眺める。
これでいいか、と問われれば改善の余地はあるだろう。
それこそ探せば粗い目はいくらでも出てくる。
「今のは誰かな」
「彼女」
「うっそだぁ」
「同居もしてるからね」
気が付いたら先日絵についてを聞いてきた子が正面に座っていた。
「上手いジョークだと思うよ」
「残念ながら」
「弱みでも握ったの」
ここ一カ月ほど、よく昼食を二人でとっていたので周知の事実だけれども。
知らない人から見るとそういう関係に見えるのかと内心ガッカリしてしまう。
「惚れた弱みなら」
「強情だなー」
からかってずけずけとモノを言う割に楽しそうだ。
他人との距離感を測っているのか、それとも踏み込んでいいと判断したからなのか。
あんまり言われると楽しくないのだけれど、いずれにせよそこまでの嫌悪感はなかった。
「それで、今日は何かな」
「ひとりさみしく絵を描く青年に潤いをあげようと思ってね」
コンビニでも買えるようなカップコーヒーを片手に上機嫌なその子は、遠慮なく絵を覗いてくる。
「すごいね」
「そうでもないよ」
「あんまり詳しくない私でもこれは描けるかな」
同じものが描けるかどうか、という意味ならばはっきりノーと答えられたに違いない。
よく似たモノなら描けるかもしれないが、それも結局僕の作品ではない。
「それはどうだろう」
「ホラやっぱり、すごいんじゃん」
自分だけのものという個性だけならすごいかもしれないが、ここにはそういう自分だけのものを持って訪れている人間ばかりだろう。
持って生まれたものとはいえ、それだけならここには来ないし籍を置き続けることも難しい。
「それだけでここに居られるほど、易くはないから」
「なんとなくわかるよ」
くすくすと笑って立ち上がる。
どうしてか、一挙手一投足が美しい。
「『個性』からもっと先に進んだ武器が無ければ生き残れないのは、どこも一緒ね」
半ば呆れたように言うこの子は何を思ってそれを口にしたのか。
内容はどうあれ、面倒くさそうに言う姿があまりに印象的だったからかもしれない。
「食っていこうと思ったら競うしかない」
彼女はニヤリと笑うと、そのまま鼻歌と共に離れていった。
それはプロ、という言葉に付いてくる重みだ。
お金をもらって、相応の物を提供するために集められた技術で結果を出す。
沙月さんの言っていた違和感の正体が、ほんの少し掴めた気がした。




