幕間
新進気鋭の人気イラストレーター、と言えば聞こえはいい。
まるで命がこもったかのような表情。
背景に書き込まれた気迫。
壮麗さを引き立たせる色彩。
どれ一つとっても話題に事欠かないはずであったのに。
その人物が一切メディアやマスコミ等の報道に顔を出さない事は前々から疑問視されていた。
「少しばかり嫌な思いをしたことがありまして」
同業や同じ会社に勤めている上司を通してやんわりとそんな言葉を投げかけられていたため強行するわけにもいかず。
何度も足を運んで粘り強く交渉した結果「せっかく書いた記事が無駄になるかもしれませんよ」という。
記事を書く人間にとってはげにも恐ろしき脅し文句を飲み込んで、ようやく連絡をつける事が出来た。
相手が指定したのは閑静な住宅街の狭間にある喫茶店、その右から二番目のテーブル席。
「お待たせしました」
相手を見て、あれだけのイラストを描いた人物がどんな者なのか。
思わずため息が出て、憶測があれこれ飛び交っていたことに納得する。
「いえいえこちらこそ、無理にお呼び立てして申し訳ありません」
相手を見ながらいえいえ、いえいえと応酬を一通り続けてようやく席に落ち着く。
「いい所でしょう」
窓の外に散る桜に目を向けながら曰く、知り合いがオーナーをしている喫茶店なのだとか。
飲み物だけではなく運ばれてきた料理もこだわりの品々だとかで、これまた怜悧な表情で厨房を取り仕切る美人店長自慢のメニューに舌鼓を打つ。
「あれ」
「どうかなさいましたか」
知り合いを見つけたらしく、挨拶を交わして席に戻る。
どこかで見たような顔だったが、あれは誰だったか。
「今年プロリーグに移籍した篠宮君ですよ、篠宮劉生」
ああそうだ、仕事仲間の記事で見た。
着実なアシストと目を引くプレイスタイルで注目の新人リーガーだ。
彼もここの常連らしく、実家に戻る前には必ずゲン担ぎに寄るのだとか。
意外なつながりもあるものだと感心しながら、準備を進める。
「では始めましょうか」
メモを片手にあれこれ質問を投げかけていき、覚えていない事や忘れた話などは省いてもらって。
謎の新人イラストレーターの人物像に迫る。
事前にこういう質問をしておくので答える内容を出来るだけ考えておいてほしいという要望は通っていたので、滞りなく質疑応答を済ませていく。
さして面白くもないから記事にならないなんてとんでもない。
とんでもない身の上話の連続を、どうやって記事にしたものかワクワクしながら質問を終えた。
「ありがとうございました、それにしてもコーヒーまで」
美味しい、という言葉は香りとともに霧散した。
少々お安くない金額がとんでいったが、香りと味が今まで飲んでいた缶コーヒーは一体何だったのかと思う程である。
予定調和とはいえ取材を終えて、ぐるりと店内を見渡す余裕が出てきた。
閑静な店内には、近くの商店街と学校帰りの制服姿のお客が多数目立つ。
ホールスタッフはその近くにある学校の生徒なんだとかで、店内に飾られた小物も一点モノが多い。
中でもひときわ目立つモノは彫金や立体に進んだ後輩の習作だとか。
「もしかして、胸元に下がっているネックレスもそうですか」
その質問の何が悪かったのだろうか。
彼女がまるで急に暖められた温度計かなにかのように真っ赤になってうつむいてしまう。
するとお客を含めてキリッとしていた店長まで含めて爆笑の渦に飲み込まれた。
後ろで新聞を読みながら静かに座っていた八百屋のキャップのおじさんまで腹を抱えている。
今の質問のどこに落ち度があったのかわからないまま混乱していると。
「いや申し訳ない、何のことかわからないよな」
くっくといまだに笑いをかみ殺すのに必死な店長が、カウンター席の奥へ進む。
「もう気付かれたの」
「沙月が耐えられないとさ」
第一印象は悪い言い方をするならば無頓着で、何の特徴もない冴えない青年。
カウンター席の一番奥でガジェットを弄りまわしていた人物がこちらにやってくる。
ここの近くに美術学校がある事から、現役生がこの一角で作業しているものかと勝手に判断していたが。
「今度こそお待たせいたしました、答えられる範囲でならお答え致します」
くるりと向けられたガジェットの画面には毎日鏡で見ている顔が、見覚えのある色彩と美しい曲線で二割増し美人に描かれていた。
ドッキリというか、試されていたという。
なんとデスクも事前に聞いていて、信用足り得る人物か見極めたうえでという条件で受けた取材だったのでと聞かされては怒るに怒れない。
過去に嫌な思いをしたからこそ見極めたうえでというのも納得できるし、出力してもらった例の似顔絵をそのままお詫びにどうぞ差し上げますとまで言われてしまっては流石に文句も出せなかった。
じゃあ今まで目の前にいた女性は一体何だったのか。
いかにも繊細で美しい、色彩にあふれたイラストを描きそうな美人が凛と佇んでいたというのに。
「お察しください」
いまだ羞恥から抜け出し切らないらしく、きらりと光る指輪を嵌めた手で顔を覆ってイヤイヤしながら俯き続けている。
これは質問の内容を今度こそと思っていたところ、本人から待ったがかかった。
「事前に送られていた質問内容についてはお答えした通りです、そこに嘘偽りはありません」
幼少の頃から絵ばかり描いていたことも。
大切な絵を馬鹿にされたことも、あまつさえ破られた事も。
色んな事を乗り越えて、絵を描く事をあきらめなかった事も。
同時にふつふつと疑問がこみあげてくる。
一体どのようにして、今年ようやく大学生という若さでそこまで描き込める才能を花開かせたのか。
「絵に関して言うなら僕は天才でもなければ秀才ですらありません、ただ絵が好きなだけですから」
界隈でもてはやされているのにも関わらず、謙虚さすら匂わせない。
本当に、心の底からそう思っているだけというのが芯に伝わってくる。
次に彼の口から出た言葉はどうやら自己紹介の際に無意識に出る口癖らしく、隣の女性改め彼女さんからは「また言った」と小突かれていた。
もっと聞いてみたいと思った私はそのまま思いつく限り、これまでの質問内容をさらに微細に突っ込んで尋ね続けた。
取材を終えて、後日。
記事のタイトルをどうしようか迷っていたが、終わってみればすんなりと決まった。
予定の字数には明らかに枠が足らないが、話題沸騰のイラストレーターの人物像を語るのにこんなに的確で簡単な言葉はあるまい。
私は似顔絵と記事を見比べて、デスクにGOサインがもらえる事を確信しながら席を立った。




