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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
高校生時代[三年生]
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大成

「進学?」

意外だと言わんばかりにそう告げられたけど、自分でも変わっているとは思う。

「絵を極める、というのとは違うんだけど」

まず柊先輩からのツテで紹介してもらった会社には。

経験を積みパイプラインやコネクションを作ってから伺いたいという話をしたところ快諾された。

昨今給料払いだって厳しいだろうに、待っていると期待を込めて言って貰えた事は何よりの励みだろう。

「万年人手不足は変わらないから、席は心配しなくていいよ」

それまでにもっと人気イラストレーターとしての箔がつくといいけどね、とちゃっかりした要望も伝えられた。

これまでに自力で貯めたお金もある。引き受けて料金の発生した絵ももちろんだけど、バイト代が一番大きかった。

志乃さんからは「使用料でもあり、投資でもある」とお小遣いとしてはだいぶ盛られた金額が手元にある。

両親からも行って来いと背中を押してもらって、終始心配をかけ続けた母校の校長先生にも伝えてある。

祖父母からもお墨付きをもらった。

結局僕が見てきた人の背中の中で最も大人らしい大人と言えば志乃さんだった。

その背中を見て踏襲したに過ぎない。

「それから、やりたい事を手順を踏んで組み立てていくつもり」

「うん」

学校もそろそろ定期テストが終わって、卒業制作も大詰めの時期。

みんな忙しそうで、喫茶店に学生の姿は少ない。

商店街の顔なじみがメニューを頼み終わって波が引いてきたころに、窓際の席で二人。

「沙月さんは、どうするの」

「一応お母さんの所に本格的に出入りを始めようと思ってて」

妖精さん、もとい沙月さんの母親である菜月さんは服飾関係の仕事で積み上げたキャリアがある。

そういう所で下働きから始められるくらいには、コネの強みと経験が生かせるという事だった。

ここから職場もそれほど遠くはない、との事。

「反対してたのを成績で黙らせたけどね、娘だからって手抜きも加減もしないからそれは覚悟しなさいって」

「志乃さんみたいだ」

聞こえていたのであろう本人も厨房で笑っていた。

「それで、卒業したらここを出ていくんだけど」

「うん」

またいつでも会える、と思えば卒業生同士の距離感としては十分だろう。

女友達というには距離が近いし、知り合いというには遠すぎる。

そんな関係。

でも、それでは満足していない自分がいて。

同時に、トラウマがよみがえる。

これを口にしていいのだろうか。

これを尋ねても良いのだろうか。

また、手紙と寂寥感だけが残りはしないか。

自分だけが置いて行かれてしまうのではないか。

そんな心配が心臓を握りつぶさんばかりにのしかかってくる。

現実の時間では大した時間も流れていないのに思考だけがどんどん加速しかけて。

「あのね」

「うん」

沙月さんに呼び止められる。

「答えは卒業までにって言ったけど、そろそろ待つのも飽きたかな」

取りようによっては手厳しい宣告だろう。

けど、彼女なりの言葉でそれは「今言うのならどうぞ」と。

それがわかる程度には、沙月さんの事を見てきていた。

「進学先の大学はあまりここからも遠くないし」

「うん」

「菜月さんのオフィスもそこからさして離れてないし」

「うん」

「最終的にどうしたいのかも決めてないし」

「うん」

「どこで生活するかとかも全然決まってないけど」

「うん」

言い訳というか理由を無理にでも作ろうとしている自分がいて、そうじゃないだろとは思ったけれど。

全部吐き出して、勢いに任せて口にする。

「新しい場所で、沙月さんの事を描かせてくれますか」

「はい」

ひねり出した言葉も実にクサくて陳腐で情けないものだけど、即答だった。

返事があまりにあっさりしたもので、意を決したのが実に馬鹿らしくなる。

言い終わるよりも早い即断即決に放心しかかる程度には。

「今更不安に思う事でもあったの」

「それは、そうだよ」

遅れてやってきた安堵感にくたっと弛緩する。

結局僕は人とどこか外れた感性で、どこまでいっても普通ではない。

そんな壊れた人間に寄り添ってくれる人が出来るだなんて考えもしなかった。

同じ趣味をもつ人がついてきてくれるというだけでも幸運だろう。

だからこそ、人と違う以上にズレている自覚はある。

排他的ではなくとも利己的で、好きな事だけしてれば満足。

他人から見ればそれは人並みな幸せとはかけ離れていて、到底理解はしてもらえない。

良くも悪くも人一倍自分の事を考えて、肝心なところで後ろ向き。

そうした珍妙な人間を表すには適当な言葉がいくつかある。

「僕はバカだから」

「なにそれ、ただの自虐じゃない」

僕のどうしようもないところを笑って許してくれる人がここにいる。

思っている以上に自分は浮かれているのだろうか、言葉の選び方を間違えたかなと思って。

ああやっぱり、これが一番しっくりくるのだろうなと言い換える。

「ヲタクなんてそんなもんだよ」


余談ながら。

座学の時間の隙間に、クラスメイトの面前で沙月さんから大きなチョコを渡してもらった。

「他の人からは貰わないように」

ひと言添えた理由は牽制だとかなんとか言っていたけれど、わからなくていいとも含められた。

それを見た男子一同が奇声を上げて発狂しだすものだから、阿鼻叫喚の地獄絵図だったとだけ。

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