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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
高校生時代[三年生]
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行動

すっかり寒くなった街中を歩いていて、困るのがカンバスの大きさである。

子供のころの美術の課題と言えば大体版画紙だの厚紙だのに水彩絵の具とかそんな程度のものだ。

紙やイーゼルは丸めるなり畳むなりすればいいのに、カンバスはそうもいかないのでどうしても邪魔になる。

どうしたもんか、とは思いながらも結局人を避けて当たらないように気を付けるしかなかった。

日に焼けてしまわないように布をかけながら。

かじかむ手でカンバスを取り落とさないようしっかり握って、街中を歩く。

「おかえり、待ってたぞ」

休みだったという父が出迎えてくれた自宅に上がり込む。

「それで、何の用だ」

「これを見せたくて」

一応卒業制作という事で飾る予定ではあったものの、これを見せるなら本来いの一番は父であるべきだろうと勝手に思っていた。

満足そうに頷く父を見れば、何とか先生から持ち出しの許可をもらって電車を乗り継いでまで自宅に戻ってきた甲斐はあったと思えた。

「懐かしいな」

「懐かしい?」

「そうだな、お前がよく見ていたのを覚えてる」

絵を近くでみたり、遠くに離してみたり。

角度を変えてみたり。

「お前が思うより親は子供を見てるもんだ」

どう返していいのかわからないまま、父から絵を受け取る。

破られたモノを書き直す、というのは正直あまり気が進まなかったのはあった。

どうしてかはわからないし、多分今のところ自分の語彙では不足に過ぎて言葉にすることが出来ないだろう。

それでも、何かを感じてこれを改めて書き直したいと思ったことだけは確かだ。

「父さん」

「いいぞ」

言ってみろでも、考えておくでもない。

それもきっと、父なりに先ほど口にしたことを実行して見せた言葉だった。

「じゃあ、お願いします」

「任せろ」

すぐにでも席を立つ、やるべきことはもう決まっている。

「慌ただしいな」

「自分で決めた事だから」

父は男ならかくあるべしという事こそ口にしなかったけれど。

「息子ながら、格好いいじゃないか」

そう口にして笑っていた。

息子だからねと言いかけて、調子に乗るから止めておこうと心の中にとどめた。

父と分かれて家を出て、まっすぐまっすぐ歩いて。

フェンスを横目に、門を通り過ぎて建物の中へ。

一応だけれど、事前に連絡はしてある。

「よく来たね」

訪れた校舎は、依然と変わらず。

転勤もしないままそこにいた人に出迎えてもらった。

「以前、見せてくれと仰いましたね」

「そんな事を言ったかな?」

あの時の何気ない約束で、一方的に告げられたものを子細に覚えてくれていた。

そんな、どうでもいい事がうれしく思える。

だからこそこの絵はこの人にも見せる意味があると思った。

「これを」

机に置いて、見せて。

先生はじっくりとそれを眺めて、満足げに頷く。

「この絵は『初めて見る』のだけれど、とてもいいものだね」

「ありがとうございます」

それから、次に自分が決めた事。

やるべきと思ったことを告げていく。

「君は自分の天命を見つけたのかもしれないね」

宿命でも運命でもましてや因縁でもなく、天命だと言われた。

喜ぶべきことであるかどうかはわからない。

それが時には自らを縛る呪いになるかもしれない。

「描きたいと思ったから描く、それだけです」

僕は最初からそれだけが一番の目的で、なにより目指したい目標でもあったのだ。

「頂いたお守りのおかげかもしれませんね」

「物持ちが良すぎるのも考え物だよ」

お守りは長く持ちすぎても良くないぞと、苦笑気味に告げられてしまった。

「それと」

瀟洒な部屋を出かけて、ひとつ。

机に戻って、志乃さんに持たされていた紙を机に置いていく。

「展示が終わったら、これを取りに来てください」

卒業作品だけれど、志乃さんの喫茶店に一時預かってもらう事にした。

渡した後はここに飾るのも、美術室に置くのもお任せしますと告げておく。

ようやく驚いた顔を隠しきれなくなった先生に、してやったりと小さく拳を握って部屋を出る。

最初こそそのつもりはなかったけれど。

この絵は、なんとなく『素人としての嘉瀬宗司』の最後の絵として贈ってしまうのがいいのではないかと思うようになった。

父や母にはまたそのうち描こう、と決めて駅へまっすぐ歩いていく。

電車に揺られながら、なんだか古ぼけた街並みが流れていくのをなんとはなしに眺める。

志乃さんの車でここを離れた時より、ずっと軽い気持ちで見ていられたと思う。

「大丈夫」

やり残した事は、今度こそなくなったはず。


次の日、とある場所から投函された通知を確認して父に電話をつなぐ。

父から許可をもらって、妹からは少しだけ反対されたけれど。

母からもお墨付きをもらって、電話を切る。

「何を描こうか」

これからのスケジュールはしばらくカンヅメだろうが、知った事ではない。

誰もが納得する結果を叩き出すために、これまで以上の全力をこの小さなカンバスにたたきつけなければならないのだ。

プレッシャーはもちろんある。

あるけど、それ以上にきっといいものが出来上がるという確信。

久しく研ぎ澄まされた感覚はいつ以来だろうか。

ワクワクしながら、膨れてボサボサになったスケッチブックを開いた。

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