克己
僕はまだまだ学校に通う程度の若輩者だ、それが仕事という形で依頼を受けてそれをこなす。
年の割に社会に順応しているという意味では異常かもしれない。
「うーん」
依頼に合ったものを作って、返事を待って。
必要であれば修正して、また作り直して。
そこまでの事が出来ているのに、いざ卒業制作はと言えばなんのアイデアもない。
あれやこれやと頼まれたタスクをこなす合間を縫うものの、どうも作業化が著しい。
ノートもアイデアも埋まらない状態だった。
「やりたい事は何か、ね」
考えてみれば絵が描けたらそれでいいと思っていた自分にとって、そこから先の話は未知の領域であったと言ってもいい。
続けた先で何が出来るのかまでは考えていなかった。
学問を修める事よりも結果が全てである状況で、ちゃんとそれが実ったことはいい事なのだろう。
それを、どうやって仕事につなげるのか。
考えても考えてもぐるぐると思考が回るだけで一向に進まない。
リフレッシュするにはどうするかと聞かれれば、絵の事をすっぱり放り出すとは決まっていたが。
やるべき事を投げ出して来たのは、地元だった。
先日は夜中に来て自転車を借りるだけ借りたらさっさと帰ってしまったので、今度こそ両親に顔を出しておくべきだろうかと思案する。
「来たはいいけど」
何をするかまでは考えていなかった。
いきあたりばったりもいいところだが、行きたいと思った以上は仕方ない。
そういえば美千留先輩ともそうやって海にまで出かけて、特に何をするでもなく帰ったんだっけと振り返る。
悪い癖が移っているなと自覚しながら歩いて、とりあえず自宅へ。
「帰るなら事前に連絡くらいしなさいな」
「悪かったって」
夕飯に好きなものくらい作ってやるのにとぶーたれる母に謝りを入れながら敷居をまたぐ。
「それで?」
「それで?」
「何か話があるから帰ってきたんじゃないの?」
主語のない会話に思い当たりを探すも、結局オウム返しで尋ねてしまう。
「妙な所で長男気質だから、あんまり人に悩みを打ち明けるほうじゃないんだろうけどさ」
ここには、何をしに来たんだったか。
特に目的がない事を思い出して告げてみたものの、呵々大笑されてしまった。
「それもまた宗司らしいところね」
「そんなに笑うことないじゃないか」
「いや笑うでしょ、今私が答えを言ったじゃない」
どうだろう、と思って考えては見るものの。
妹との事でさえ特に自分の口から相談していなかった事を思い出せば、何も言えたものではなかった。
「悩みに対してこの家に直結する場所を探せば答えがあるわよ」
そんな保証はどこにもないだろうに、必ず見つかると自信満々の母に言われて。
長らく戻っていなかった自室の扉を開ける。
着替えの箪笥とベッド、ついでにホコリを被らないように布をかけたテレビとプレイヤーデッキが置いてあるだけの簡素なものだ。
後は申し訳程度に持っていかなかったものがダンボールにまとめてあるぐらいだろうか。
とりあえず窓をあけて、箪笥を開いてみて何もない事を確認する。
まるでRPGでもやってるみたいだなと自嘲して、今度こそ間違いなく中身が入っているダンボールに手を伸ばす。
そこにあったのはやっぱりノートで、引っ越す際に持って行き損ねたモノだった。
何が書いてあったかなと思ってぱらりとめくって、何も書いていないページで手が止まった。
だいたい最後のページまで描き詰めてあるものだけれど、そのノートだけはあまり汚れてもいなければ水気で膨らんでもいない。
パタリ、と閉じて考える。
そこに描いてあったものが何だったか、よく思い出そうとして。
うすぼんやりとしたイメージしかなくて。
何度か見返した後でふと思い至る。
自分にそのつもりがなかったんだとしても、結局逃げ続けていたんだなと。
「そうか」
まだ大事に取っておいてある、それが全てだろう。
この先に進むのにはちょうどいい題材に違いない。
そらみろとどや顔の母に一言入れて、すぐに家を出た。
足早に駅まで歩き、母校を通り越して駅舎へ足早に滑り込む。
焦れるように電車で外の景色を眺めて、駆け込み着いた喫茶店のカウベルを少しだけ大きく鳴らす。
「どうした」
「後で」
多分面白いものを見つけた顔をしているであろう志乃さんを尻目に階段を駆け上がる。
すぐにでも始めたい気持ちを抑えながらノートを広げてアタリをとり、色を付けてみて。
今自分の出来るベストとは何か。
昔の自分と比べて、何が出来るようになったのかを考える。
今度こそ。
そんな気持ちで始めてみて。
一心不乱に細かな角度の違い、線の違い、色の違いを修正しては積み上げなおす。
積み木というにも歪なやり方ではあったかもしれないが、止められない。
やりたい事にもキリがないし、盛り込みたいものは全部詰め込んでいく。
どうして忘れていたのか、好きなことは徹底して好きなようにやり通してきたはずだった。
この時にはもう、時間という概念を忘れて戦っていた。




