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傷跡

作者: アオ

「春香、部屋から出てきなさい!今日こそ学校に行きなさい!!」


行きたくない。

絶対に行かない。

行ったら…殺される。



―――――――――――――――――傷跡



「気持ち悪い」


「こっち見んなよ」


「死ねばいいのに」


毎日吐かれる暴言。



「ごめーん、わざと~」


「トイレの水かぶるとか、きったねー。丁度いいところにモップがあるからこのモップで拭いてやるよ」


「そのモップって1週間くらい洗われてないやつじゃん」


暴力。



「私、オレンジジュース飲みたいな」


「私はミルクティー」


「カラオケおごって」


「お金貸してよ」


金銭の欲求。


いつから始まったんだろう。

自分で言うのもあれだけど、中学に入学した頃は明るい方でクラスの中心にいるタイプだった。

誰かに嫌われてるなんて思わなかったし、人が嫌がるようなこともしてないと思う。


中学に入って初めての体育祭でのことだった。


「いけいけー!」


「次、アンカー!」


私はリレーでアンカーの前に走り、アンカーにバトンを繋ぐ役目だった。

なのにタイミングが合わずにバトンを落としてしまい、首位を走ってた私のクラスは最下位。


その日からいじめは始まったんだ。


謝れば済むと思った。

謝っても許してもらえなかった。

先生に相談しても話を聞くだけで見て見ぬふり。


一番辛かったのは12月の寒い中、学校の近くの川に無理矢理連れていかれて裸にされて水の中に入れられたことだ。


冬休みが終わり、3学期が始まった時、腹痛と頭痛で起き上がれなかった。

たぶん精神的なものなんだと思う。


学校に行けなくなった。


なんで自分がいじめられるようになったのか。

なんで楽しかった学校が悪夢になったのか。

分からない。


スーパーのパートをしている母親は「学校に行け」としか言わない。

調理師の父親は「何があったかは知らないが、ゆっくりすればいい」と言う。

そのことで両親が毎日のように喧嘩をしていて申し訳なくて次第に部屋に引きこもるようになった。


***


「フリースクールに行ってみたらどうだ?」


仕事が終わって帰宅した父親が部屋に来てフリースクールの資料を渡す。


「ずっと家に居てもつまらないだろ?ここは1日中、図書室に居てもいいし、勉強したいなら先生が個別にプリントを作って教えてくれるんだって」


それだけ言うと父親は「せめて食事の時だけでも顔、見せてほしいな」と微笑んで部屋を出ていった。


フリースクール。

不登校や引きこもりの生徒が通う場所。


不登校になって4ヶ月。

今頃、みんなは2年に上がってクラス替えがあって…たぶん私のことも忘れてる。

そう思うと心がズキッとした。


リビングに行くと両親が無言で夕食を食べていた。


「あのさ…私、フリースクールに行く」



***



小学生の笑い声を聞きながら校舎に入る。


フリースクール・そら学院。

小学生が通う初等部と中学生が通う中等部があるらしい。


「職員室の前のホワイトボードに生徒の名前が書いたものを貼っているので学校に来たら白い方を上に、帰る時はひっくり返して赤い方を上にしてください」


1週間前、見学と手続きに来た時、そう言われた。


「ここが学習室。勉強がしたくなったら声かけてくれたらここでするの。廊下の奥には保健室。この上には音楽室とか図書室も。今、運動場みて分かる通り、サッカーとかドッチボールをする生徒もいるの。最初は不登校や引きこもりが長くて毎日来るのが辛い子ってけっこういるんだけど、徐々に来れる日数が増えていくんだよね。一ノ瀬さんもゆっくりでいいからね」



ニコッと微笑む先生に少しほっとする。

この先生だけじゃない。

他の先生も、なんだか学校全体が安心感に包まれている。

そんな気がした。


最初は不安だったフリースクール。

1週間経ってみると徐々に不安はなくなっていった。


この1週間ほどはほとんどの時間を図書室で過ごしていたので他の場所にも行ってみようか、と音楽室の前を通ると中からピアノの音が聞こえた。


「あれ?見たことない子だね」



音楽室を覗くと私に気付いた中性的な可愛い男の子が声をかけてきた。

男の子が3人、女の子が1人。


「こっち、おいでよ。優のピアノ演奏、綺麗でしょ?」


ピアノの近くで演奏を聴いていた女の子がそう言い、手招きをする。

ありがとう、と戸惑いながら中に入り、ピアノのそばに行く。


「私、岸谷 咲。中学2年」


演奏が終わると女の子がそう言い、続いてさっき声をかけてきた男の子。


「僕は加賀 京子。中学2年。よろしくね」


「え、あ、京子さん…?」


「見た目は男の子っぽいのに女っぽい名前でしょ?京はFTMなんだって」


FTM…?


「女として生まれたけど、女と思ったことは1度もないんだ。親にスカートとか女の子っぽい服装させられるのが凄く嫌で中学に入ると男子は学ラン、女子はセーラー服だろ?それが嫌で中学は1度も行ったことないんだよね」


「私と京は幼馴染みなの。よく泣いてたよねー。女っぽいのは嫌だ、僕は男だって」


「ちょっ…それ言わなくても…」


ピアノを弾いていた子の後ろから2人のやり取りをニコニコと見ていた男の子。


「俺は安田 暁人。大阪出身やから関西弁やけど気にせんといて。で、このピアノ弾いとったのが岸谷 優。中学1年」


安田くんや岸谷さん、加賀さんと違い、目や表情が暗く、無表情な岸谷くん。


「優は私の弟なんだけど、場面緘黙症なの。簡単にいえば、学校とか特定の場面で話したくても話せない状態のことをいうの。小学生の時にいじめられて親にも責められて1年くらい引きこもってたよね」


場面緘黙症。

初めて聞く言葉だ。


「君は…」


「あ、一ノ瀬 春香です。中学2年で…」


「まじか。年上にタメで話してたわー。すいません。敬語で…」


「私たちも年上なんだけど、タメだよね」


「敬語使われたことってあったっけ?」


謝る安田くんに突っ込む岸谷さんと加賀さん。

羨ましいくらい仲が良い。


その光景にクスッと笑う。

こうして笑うのは久々だった。



***


「おはよー」


「安田くん、おはよう」


あれから1ヶ月。

咲ちゃん、加賀さん、安田くん、優くんと一緒にいることが増えた。

優くんとは1度も会話したことないけど…。


「優くんっていつもピアノ弾いてるよね」


音楽室の前を通った時、ピアノを弾いてる優を見ながらそう言う。


「人より不安や緊張が強くて学校だと常に緊張してる状態やって。でも小さい時から習ってたピアノ弾いてる時は少し和らぐらしいって咲さんが言ってた」


いつも無表情だけど、ピアノを弾いてる時の優くんは少しほっとした表情をしている気がする。


「今日、咲ちゃんと加賀さんは…」


「咲さんは美術室で絵でも描いとるんちゅうかな。京子さんは小学生と一緒に運動場でサッカーしとる。俺、今日は学習室いくから。じゃあな」


安田くんはそう言うと学習室へ、私は図書室へ向かった。


***


「加賀さん、凄い汗だく…」


「あっつー…小学生、元気過ぎる」


図書室にいると息を切らしながら加賀さんがやってきた。


「じゃあ、僕はお先に」


「今、図書室来たばっかり…」


「荷物、ここに置いてたからさ。取りに来た」


そう言い、帰っていった加賀さんをみてそろそろ帰るか、と読んでいた本を棚に戻す。


「安田くんと優くん、今帰り?」


職員室前で偶然会った2人と校内を出る。


「そうそう、GWに大阪の祖父母ん家に両親と行ってん。優と咲さん、京子さんには渡したけど、春香さんにはまだやったから。お土産」


「ありがとう」


そう言って渡された袋を開けるとたこ焼きのキャラクターストラップ。


「咲さんと京子さんには「なにこれ」って笑われたけど、優は気に入ってくれてん」


安田くんのその言葉に優くんは照れた表情ではにかむ。


「可愛いね、これ。そういえば、なんで大阪から東京に?」


「小学6年ん時に父親の転勤。でも学校に馴染めんくてそら学院の初等部に」


「あれ?一ノ瀬?」


聞き覚えのある声にドキッとし、恐る恐る振り向くと中学1年の時のクラスメイト5人組。


「やっぱり一ノ瀬 春香!」


「ホントだぁ」


「そら学院?ここってフリースクールだよね?」


「学校来ないと思ったらフリースクールなんか行ってんの!」


馬鹿にしたように笑う元クラスメイト。

いじめられていた記憶が蘇り、その場から走り去る。


安田くんが私を呼ぶ声がしたけど、私は振り返らなかった。


***


「春香、いつまで寝てるのよ」


母親が部屋に入ってきてため息をつきながら言う。


「私はフリースクールに通うのは反対だったのよ?今まで通ってた中学にまた通ったら良いじゃないって言ったでしょ?春香がそれは無理って言うから休まないことを条件に渋々OKしたのに…」


母親の言葉を聞きながら重い体を起こす。

あれから安田くんから何度か電話があったが出なかった。

安田くんと優くんから話を聞いたであろう咲ちゃんと加賀さんからのメールを受信したが返信はしなかった。


またあいつらと会ってしまうかもしれない。

不安でいっぱいだったが、そら学院へと向かった。



「春香!」


学校に着くと加賀さんと安田くんが声をかけてきた。


「なんでメール返さないんだよ、暁人の電話も出なかったって?」


「あ、ご、ごめん…えと…」


「まぁええやん。今日、会えたし」


安田くんはそう言ってぶつぶつ言っている加賀さんをどこかに引っ張っていった。

昨日のことを深く聞かなかった2人にほっとしているとピアノの音が聴こえてきた。


音楽室に行くとやっぱり優くんだった。

私は近くの椅子に座る。


「………姉たちが…心配してました」


演奏を終えてか細い声でそう言った優くんに驚いた。

優くんの声を初めて聞いたから。


「あ、ごめんね。さっき安田くんと加賀さんに会ったけど…」


ガラッとドアが開いて見ると咲ちゃんが心配そうな顔をして入ってきたが、私を見るなりほっとした表情をする。


「春香、来てたんだ。おはよう」


「お、おはよう。昨日はごめ…」


「ん?何が?」


いつもと変わらない感じでそう言った咲ちゃん。

今日、学校に来るのが凄く不安だった。

でもみんな深く聞かずにいつもと同じで…ほっとした。


思い出したくもなかったから。

もしいじめられてたことを聞かれたらって怖かった。



***


数年後。


加賀さんは子供が好きだからと保育士に。

最近、病院で性同一性障害の診断を受けてホルモン注射をし始めたらしい。

手術までする気はいまのところないけど、だんだん男っぽい体になっていくのが凄く嬉しいと言っていた。


安田くんは大学生。

教育学部で3年になってから教育実習で忙しいらしい。


一番びっくりしたのは咲ちゃん。

レズビアンなんだって最近、カミングアウトされたの。

加賀さんは知ってたらしいんだけど、加賀さん以外は知らなかったからびっくり。

芸術大学を卒業したら美術教師として働きながらバーで知り合った調理師の女性と同性パートナーシップを結ぶって。


優くんはなんと作曲家。

音楽科のある高校に入学して在学中に作曲コンクールに応募したのがきっかけで作曲家として活動する傍ら、場面緘黙症の啓発活動も行っている。


私は臨床心理士を目指してる。

私みたいにいじめられてる子や悩んでる子の支えになりたい。

いじめられてた経験も役に立てば、と半年後には大学院へと進む。

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― 新着の感想 ―
[一言] 短編なのに一人一人の心情が込められていてとても気に入りました。 私は場面緘黙症で、学校では全く会話できません。 優くんといっしょだなあ…って思いながら読んでました。 FTM…そういう人もいる…
[良い点] 心地よいリズムの文章がとても素敵だと思いました。 優しく切ない物語が心にスッと入ってきます。 [一言] 素敵な作品をありがとうございました。
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