第六話
そんな前哨戦から一ヶ月間、千鶴さんからはなんの音沙汰もなかった。
もちろん「またお家に遊びに来てね」とか、「コンサートに行きましょう」とかそういう誘いはあったけど、「お見合い」っていう単語は全く言われなかったんだ。だから油断してた。そう、私がそうやって油断するのを待ってたんじゃないのって思うくらい時間を開けてから、千鶴さんは爆弾を落としたんだ。
それは千鶴さんにお夕食に誘われた場でのことが、たぶん始まりだった。
久しぶりに千鶴さんの家に行って、敏久叔父さんと千鶴さんと私の三人でご飯を食べてたんだ。その日の食卓には、私がこれまで食べたことのある千鶴さんの得意料理と、その日初めて食べる料理とが半々くらいで並んでた。
千鶴さん得意の筑前煮に、飛竜頭を焼いたやつ。それから竜田揚げとお刺身と味噌炒め。箸休めには甘く炊いたお豆さんとか、千鶴さん自慢のぬか床でつけたぬか漬けとかね。うん、どれも彩りが綺麗な上にすっごい美味しい料理だった。なんでこんなに美味しくできるんだろうって思わず唸っちゃうくらい、ホントに美味しかったんだ。
どれに箸をつけても美味しくって、幸せ~! って一人でニヤニヤしてたら千鶴さんが小さく笑いながら声をかけてきたんだよね。
「ねえ、ミチルちゃん」
「んー? なあに」
パクッとお刺身を口にいれながら、首をコテンってしたら千鶴さんがまた笑った。
まるで小さい子供を見るみたいな顔してほほ笑みかけられて、ちょっと恥ずかしくなった。うう、だって美味しいものはしっかり食べたいじゃん。それに自分の作った料理が美味しいって思われるの、千鶴さんも好きなんだし、おかしくないはず──なんてことを考えて自分をごまかしてた。まあ、私が食い意地が張ってるのは事実なんだけど、そんな優しそうな目で見られたらやっぱり恥ずかしさは芽生えちゃうしね。
そんな私の葛藤に気づいてたのかな。千鶴さんはやっぱり笑顔のままで聞いてきた。
「ふふ、美味しい?」
「うん! お刺身はちょっと独特な臭いがあるけど、それがクセになるっていうか……。コレがこんなに美味しいなんて知らなかった!」
「ん? ミチルは初めて食べるのか?」
恥ずかしいけど、初めての食材に感じた感動を口にしたら返ってきた言葉。晩酌のビールを手酌してた敏久叔父さんが聞いてきたんだ。
「うん。聞いたことはあったけど、こうして見るのも食べるのも初めて。こんなに美味しいもの、今まで食べたことなかったなんて……人生ちょっと損してたかも」
なんて言いながら、私は二つ目のお刺身をヒョイっと持ち上げて笑う。
食卓に並ぶ、竜田揚げとお刺身と味噌炒めはおんなじ食材を使ってるんだ。その食材自体は知ってたけど、でも食べたのはその日が初めてだった。うん、美味しいものは正義だなってホントに思ったね。
「ミチルちゃんが喜んでくれてよかったわ! 今日はお腹いっぱい食べていって?」
「うん! 食べる!」
美味しいものは、食べられる時にたくさん食べるべきものだよね! って感じでニッコニコしながら言い切った。そんな私はやっぱり食い意地が張っていると思う。でも悔いはない。だってホントに美味しいものは正義だもん。
そんな私と千鶴さんのやり取りに、鷹揚に笑った敏久叔父さんが言った。
「おう、そうだぞ。腹いっぱい食っていけ。なんだったら泊まっていったらいい」
私は子供のような体質なのか、お腹いっぱい食べてしまうとすぐに眠くなってしまうのだ。それを知ってるからこそのその言葉に、私が違和感を抱くはずもなかった。
だから、なんとなく千鶴さんと目配せしてたような気がしてたけど、でもたぶん気のせいだと思うことにしたんだ。そんな私はたぶん間違っていたのだろう。でもいいのだ。そんな些細なことが気にならなくなるくらい、初めて食べるそれがホントに美味しかったんだもん。美味しいものでお腹いっぱいにできるのなら悔いはない! ってあの時の私は思ってた。うん……ホントに私はどんだけ食いしん坊なんだろう。
「わー! 千鶴さんちにお泊まりって久しぶりだね! でもホントにいいの?」
「あら、いいに決まってるじゃない」
「んー…でも着替えとか持ってきてないしなあ……」
こんな風に言ってたけど、この時の私はもう泊まる気満々だった。
だって私は知ってたんだ。リフォームしたばかりのこのお家のお風呂が、そりゃもう素晴らしいものだってことを。さすがお風呂好きの敏久叔父さん! って思わず拍手喝采したね。うん。
なんと千鶴さんちのお風呂は、総ヒノキ風呂にリフォームされたの。それに入りたいって思う私はおかしくないはず。ううん、むしろお風呂好きの私が総ヒノキ風呂にトキメかなくてどうするって感じだもん。私の葛藤はたぶん正常なものだった。あのお風呂には入りたいけど、でもホントに着替えどうしようかな。家まで取りに戻る? なんて考えてたら聞こえた天の声。マジ千鶴さんは神だと思った。
「ふふ、そこは平気よ? この前お買い物に行った時にミチルちゃんに似合う可愛いお洋服見つけて、実は一通り買ってきてあるの。遠慮しないでお泊まりしていって!」
こうやって、千鶴さんは私の服とかバックとかいろいろ買ってくれちゃうんだ。昔は遠慮したりしてたけど、そうすると千鶴さんが淋しそうな顔するから、だから今は喜んで受け取ってる。しかも千鶴さん、こういう風に言う時に限って、断るのに戸惑っちゃうくらい高いやつとか、量を買ってきてたりするんだよね。
今日はどんな高いもの渡されるんだろって、ちょっとだけビビりながらではあったけど、それもけっこうすぐに忘れちゃった。うん、だってホントに美味しかったし、お風呂も楽しみだったんだもん……。
それからお腹いっぱい夕食を食べて、リビングで千鶴さんとお茶をしながら甘いものを食べて、そして満を時してのヒノキ風呂。もう! もう! 言葉では言い表せないくらいに最高だった……。でもその時、私はヒノキ風呂の素晴らしさに目がくらんで、千鶴さんちのお風呂が完全に一人用だってことに気づかなかった。まあ、ゆったりめな一人用ではあったんだけどさ。でも二人で入るには手狭な感じだったんだ。
あんなにお風呂は二人で──とか言ってたのにどうしてなんだろうなんてこと、ちっとも浮かばなかった。やっぱりそんな私はおバカな子なんだろう。でもいいの、私は自分がおバカさんだって知ってるから、今さらそれを思い知っても、別にショックじゃないもん。
まあ、そんな今さらなことは反すうしなくていいよね。重要なのはそのあと。
お風呂を出て、冷たいものでもどう? って言われて、麦茶を飲んでた時。千鶴さんが笑顔で言ったんだ。
「ねえ、ミチルちゃん」
「んー?」
「明日は私と一緒にお出掛けしない? ミチルちゃん明日もお休みだったわよね?」
てね。この時私はちょっとしたアルバイトしかしてなかった。
辞めちゃったあそこみたいな商社に再就職できるわけなんてなく、かといってなんにもしないわけにもいかないから、ご近所のファミレスで働き始めたんだ。
ちなみにキッチンスタッフ希望で行ったのに、フロアに回された。なんでなんだろ。コックコート着たかったのに、なんでかしらないけどギャルソンエプロンのウエイトレス。うん、嫌ですって言いたかったけど、なんか言えなくて、でもやっぱりフロアは苦手だから極力シフトは少なくした。うん、わかってる本末転倒だってことは。
なにせ時給950円で、週3日しか働いてないんだ。一日7時間で一ヶ月働いても、就職してた頃の半額以下しか稼げない。それじゃ月間目標貯金額をクリアできないから、泣く泣く母を頼って使いっぱみたいな仕事ももらってた。うん、人様に顔向けできないくらい、私はスネかじりな気がします……。でもいいの。だってもらってたのはおこづかいじゃなくて、正当な報酬のはずだもん。
ファミレスは週末込みの3日間出勤だから平日は一日だけ。それに母の使いっぱのお仕事ってのも別にどこかに出勤したりすることはない。だって母の会社のモニターなんだもん。意見なら家で言えないこともないからね。わざわざオフィスのあるビルまで行く必要もないし、できるなら行きたくないし。そんなわけで、千鶴さんの言う『明日』は平日で私はまるっとオフだった。
仕事的にも、他の用事的にもなんにもないオフの日に、千鶴さんの誘いを断ることはない。それがこれまでの私で、この時もしっかり頷いたんだ。ノーテンキに「いいよ~」なんて言いながらね。
そして明けて翌日、私は本気で後悔したね。なんで千鶴さんの誘いにそんなに簡単に乗ったんだ~! なんて感じ。だけどわかってる。私が自分でオッケーしたんだってことはね。うん、誰かのせいにしちゃいたかったんだ……できないってわかってるんだけどさ。
翌日の朝早く、敏久叔父さんが出勤してから私は千鶴さんとドレッサーの前にいた。
「ミチルちゃん! 今日は髪を下ろして、巻いてみる?」
私は千鶴さん好みにいろいろと改造されていたのだ。まあ、千鶴さんはヘアアレンジとか、メイクとか上手だしセンスもいいから、変な風にされちゃう心配とかは全然ない。
「んー? そう、だねえ……このワンピにはその方がいいかもだね」
「ね、ゆるく巻いて肩に流してみたらきっとミチルちゃん似合うと思ってたの。私の趣味で選んだけど……ワンピース、気に入ってくれた?」
「うん。気に入った! すっごく可愛いね!」
ちょっと心配そうに聞いてくる千鶴さんに、私はちょっと不安になった。コレってやっぱり高いんじゃないかな? なんて風に。でも私は千鶴さんの好意に乗っかっちゃった。だってホントにこのワンピース可愛かったし、素直に受け取った方が千鶴さんが喜んでくれるから。
「お店で見た時からね、ミチルちゃんに似合うと思ってたのよ。ふふ、私の予想通りね。とっても似合ってるわ」
サラサラと私の髪を梳きながら、千鶴さんが笑った。なんだかすごく嬉しそうな顔してくれてたから、私も嬉しくなった。そんな風に褒めてくれるのは嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいかな。でもやっぱり嬉しいの方が大きいけど。
千鶴さんは器用に手を動かして、私の髪を巻き始めた。
「カラーもね、ピンクとブルーもあったの。でもミチルちゃんはこのカラーの方が好きだと思って選んだのよ」
「うーん……確かにこのデザインだったらこの色の方が好きかも」
千鶴さんはホントに私のことを母以上にわかってるね。うん。正直このワンピースはこの色だからこそ、私に似合うんだと思う。もちろんピンクとブルーでも可愛いと思うけど、私は性格的に可愛い系ではないし、このペールグレーがいい。
千鶴さんがくれたのは、胸下で切り替えがついたAラインワンピースで、カラーはシンプルなブラックとペールグレーのツートン。差し色で、桜みたいに薄いピンクのサッシュベルトを着けることにはなったけど、全体的には落ち着いた感じで上品でシンプル。しかも千鶴さんはちょっとだけ、着けるアクセを豪華にしてくれたから、なおのこと上品な感じになってた。
しかもいつもは面倒だから、簡単にポニーテールにしてる髪を千鶴さんがゆるふわカールにしてくれた。そんな髪型に千鶴さんから借りた四連のパールネックレスを着けると、私はなんちゃってお嬢さま風になった。一応私も社長令嬢と言えばそうなんだけど、普段の私はお嬢さまっぽさは皆無だからね。うん、普段の五割増しに私が美人に見えるくらい、本気で可愛いくなってた気がする。
しかも千鶴さんてば、ワンピースに似合う真っ白いコートにストラップ付きのパンプスまでつけてくれちゃってるから、トータルでも可愛くって……。千鶴さん私の趣味、ホントにわかってるよね、なんて感心してた。でもホントにいくらかかったんだろ、総額で。
「うん、やっぱり可愛い! ね、ミチルちゃん。今日は一緒に美術館に行って、あのカフェでお茶しましょ!」
「わー! 千鶴さんとデートだね」
「そう、デートよ! 楽しみよね!」
なんだか含みのある言い方をされた気はしたけど、でも千鶴さんが笑ってくれたし、あのっていうくらい二人してお気に入りのカフェに行くことに私の異論はなかったんだ。うん、わかってる。やっぱり私は食いしん坊なんだってことは。でもそのカフェ、カフェご飯も美味しいけど、ホントの本気でスイーツが美味しいんだもん! 楽しみにしちゃうのも無理ないと思うんだ。
それから午前中の少し早い時間に出かけて、二人でゆっくりと美術館内を回った。
その時の展示のメインは、印象派の画家の作品らしかったけど、正直なところ私は印象派っていうのがどういう種類の絵なのかわかってない。マネとか、ドガとか言われてもそれが絵の名前なのか画家の名前なのかもわかってない。うん、芸術とは無縁なんです。けど、綺麗とか好きとか感じる絵ではあるから、まあそれでいいのかなって思ってる。
それから千鶴さんとどの絵が素敵だったとか言いながら、カフェまで行った。時間は2時少し前。ランチタイムの終わり際だったからかな。カフェの中は賑わってた。でもなぜか私と千鶴さんは待たされることなく、テーブルに着けた。まあ、他に待ってる人もいなかったからなんだろうな──なんて思ってた私はホントにおバカなんだろう……。なんで四人がけの丸テーブル、それもなにかプレートが乗った席に案内されたのか、少しも不思議に思わなかったなんてさ。
オーダーギリギリだったランチプレートを食べ終わって、頼んだケーキが届く少し前。テーブルに一人の店員さんが来た。
「お客様」
千鶴さんに声をかけてきたその人は、なんだかすごく恐縮したような顔をしながら言った。かなり珍しい言葉を。
「申し訳ございません、こちらのお客様と『ご相席』でも構いませんでしょうか?」
なんて。確かに賑わっているけど、でもこういうオシャレなカフェで『相席』ってするものなのかな? ってちょっとだけ思った。でも受けるか受けないかは千鶴さん次第だから、私はなんの口も挟まなかった。なかったはなかったけど、あの時私は口を挟むべきだったのだろうと今は思う。
千鶴さんはあっさりと店員さんの言葉に頷いて、一人の男の人がその場に残った。っていってもすぐに席に着いたんだけどさ。しかも私と千鶴さんとのあいだに。
「失礼します」
「いいえ、いいのよ。困った時はお互い様ですもの」
千鶴さんはなんだか和やかに現れたその人と話し始めたんだ。
ネイビーのジャケットをはおった、短髪でメガネをかけたイケメンさん。初めて会うはずの人だけど、なんだか見たことのある人だな。なんて思いながらも、私は紅茶に口をつけていた。うん、歳が近い感じの男の人と話す機会があったなら、それは全力で回避するのが日課ですから。あ、もちろん仕事は除くけど。
千鶴さんと話してたその人の視線がこっちに向いたのがわかったけど、私は無言を貫いてみた。だってどこに機会が転がってるかわからないからね。私は仕事を辞めることになったあの件以来、そういうことにこれまで以上に警戒してたんだ。うん、おかしくないよね。
なのにあっさり私に声がかかったんだ。
「こんにちは、今日はお二人でどこかに行かれてたんですか?」
聞こえたのはすっきりした、でもどこかで聞き覚えのある声だった。男の人の知り合いなんてそう多くない私にとって、聞き覚えのある声なんてすごく少ない。なのに初めて会ったはずのこの人の声を、どうして私は知ってる気がしたんだろうって、この時ほんの少しだけ疑問に感じてた。
「え?」
「そうなの。今日は二人で美術館に行って来たところなのよ。ね、ミチルちゃん」
「え、あ、うん。そう、です」
けどなんでそんなこと聞いてくるの? っていうか、どうして千鶴さんはそんなサラッと答えちゃうの? ってことの方に気が取られて、他のことはあんまり気にならなくなっちゃったんだよね。
二人のやり取りになんで? どうして? って考えて、考えて、ようやく気づいた。うん、ホントに今更すぎるけど、ようやく気づいたんだ。この人は、きっと『お見合い』の相手なんだって。
もしかしたら違うのかもしれないけど、でもそうなんだって思い込んだ私は、なおのこと無言でいたんだ。だってもしそうだった場合、困るじゃない。千鶴さんの後押しがあったら、たぶん絶対私は断りきれなくなる。だから気に入られる要素を減らそうと思ったんだ。それって間違いじゃないよね? まあ、テンパってたからなにかヘンなこと言わないようにっていう警戒込みだったんだけどね。
私は千鶴さんのいろんなお願いとかを断るのが苦手だ。だからこんな私が千鶴さんの後押しを断るのは無理だって本心ではわかってた。けど、ホントの本気で結婚に興味がない私が結婚しても、誰も幸せになれないと思ってたんだよね。
確かにさ、私の友だちの中にも、この年で結婚している子もいるし、一児の母になっている子もいたりする。そうじゃなくても大抵は彼氏持ちだ。女子校出身だってのに、みんな恋愛事に熱心らしいね。
けど私と、三次元に興味がないという友人は結婚どころか彼氏を作る気すらない。や、ユッコは二次元から筋肉質な王子様が現れたらすぐにでも結婚するとは言っているんだけどね。それを冗談だと思いたいけど、拳を握ってそう言ってたユッコの目が本気だったから、たぶん八割は本気なんじゃないかな。ちょっとばかりそんなユッコの将来が心配になるところだけれど、私だって人の心配をしている余裕はない。
うん、正直この時の私は切羽詰まってた。
カポーンって、間が抜けてるような、緊張を増させるような鹿威しの音がしてた気がする。空耳だってわかってるけど。『お見合い』ってことを意識したからなのかな。それが聞こえてる気がホントにしてた。
けどここはただのカフェで、日本庭園はないから鹿威しもあるわけない。だからその音なんて聞こえるはずないのに、こうして聞こえてくる。うん、幻聴だってわかってるのに聞こえるって、どんだけ私テンパってたんだろうね。
私が無言のまま、一杯目の紅茶を飲み干したら千鶴さんはポットに残っていたお代わりを注ぎながら聞いてきた。
「あら、ミチルちゃんたらどうしたの? 緊張してるの?」
「あー…うー…なんでもないよ?」
「あら、そう?」
緊張はしてないけど、警戒はしてます。なんてバカ正直に言えるわけもなく、私はなんとかこの場を乗りきろうとしてた。無言で。でもそんな簡単にはいかなかった。ていうか、いくわけなかった。
だって千鶴さんは、顔は似てないけど女傑なウチの母の妹。ふんわりほんわりしてそうなのに、意外なくらいそんな女傑さだけは似てるんだ。しかも目的を達成するためには努力も出費も厭わないところもある。だから余計に怖いんだ──って思って、ふと気づいた。
このカフェでのことだけじゃなくて、このワンピースも、このメイクもヘアスタイルも、全部千鶴さんの仕込みなんだって。うん。私気づくの遅すぎる。でもその場から逃げるなんてことも千鶴さんの手前できない。だって私は、ホントに千鶴さんに弱いんだもん。そんな私が、このお見合いを断れるわけがないことは、たぶん始めから決まっていたことなんだろう──って諦めることにしたこの時の私は、賢明なのだと思いたい。