表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/9

第四話

 千鶴さんが私に『お見合い』を宣言してから何ヶ月か経ったけど、でもなにも起きなかった。いつもなら有言実行な千鶴さんなのに、珍しいななんて思ってはいたけど、でも私的には流れちゃってオッケーな予定だったから、なにも言わなかった。うん。だって自分から突ついて、ヤブヘビになっちゃうのは困るからね。

 だって私は千鶴さんからの『お願い』を断ることがホントに苦手なんだもん。

 千鶴さんがおねだり上手ってこともあるけど、私はこれまでホントに千鶴さんにはお世話になってきた。だから余計に難しいんだよね。私が喜ばせてあげられることがすっごく少ないせいもあるけど、できることで喜ばせてあげられるならしたいじゃん?

 だって私のアルバムには、父や母よりも千鶴さんの方がたくさん写ってるんだ。

 三歳と七歳の七五三に小、中、高の入学式に卒業式。

 それから毎年の誕生日もそうだし、成人式だって千鶴さんがいなきゃたぶん何もしてなかったような気がする。ウチの父も母もそういったことに……ていうか私のことにあんまり興味がなかったからね。それも仕方なかったのに、千鶴さんはそれを良しとしなかった。

 だから私にはちゃんと行事行事の写真や思い出が、千鶴さんとの写真がたくさんあるんだ。

 でも仕方ないんだと思うんだよね、ウチの父母がそういったことに興味がないのもさ。

 だって二人は、たぶん自分のことだけが一番大事な人なんだってことくらいわかってた。二の次三の次にされてても、それが当たり前になってたから、私はホントに気にしてなかった。なのに、千鶴さんはちゃんと気にしてくれる。それを知ってるから、だから私は千鶴さんの言葉を、誘いを、おねだりを断ることができないのだ。

 第二のってより、たぶんホントのお母さんよりも私のことを知ってて、大事にしてくれてる人だから。

 そんな千鶴さんだから、憧れの人であり大好きな人だって思ってるから、だから私は千鶴さんのいう大抵のことを叶えてきたんだ。

 あの日、今から一年前のあの日に誘われたことも私は断らなかった。

「今度ね、家のリフォームをする予定なの。だからミチルちゃん、一緒に内覧会に行きましょう?」

 なんて質問の形を取りながらも半ば強制の誘いを千鶴さんから受けたのはまだ私が会社勤めをしていた頃のこと。

 ルーチンワークになった仕事にも、その合間にある休日にも何をするかを固定してた私。休日はお金を使わないように、かつ仕事の疲れを癒すために家でのんびり過ごすのが当たり前になってた。

 これと言った趣味もなく、アクティブでもない私に「若いのにそんなんじゃダメよ」なんて言って千鶴さんはよく連れ出してくれてた。

 まあ、それで行くのが若向けなとこじゃなくて、お家の内覧会とか、クラシックのコンサートだってとこが千鶴さんらしいと言えばらしいんだけどね。

 でもその誘いに乗って出かけると、千鶴さんは必ず私にお財布を出させないんだ。お昼ごはん前に出かけたら、お昼と午後のお茶代、それから帰りのタクシー代まで出してくれちゃうのだ。私だって一応就職してるし、そのくらいは出せるのに、いつまでも私は可愛い姪っ子のまんまらしいんだよね。

 まあ、それもイヤイヤしてるわけじゃないってわかってるからつい甘えちゃうんだけどね。あ、でもその分ちゃんと千鶴さんの誕生日とか、母の日にはキチンとお祝いを渡してるからね。そこは円満な人間関係に必要なことだから抜かりないよ。

 そんなこんなで、いつもの誘いだと思って行った内覧会。

 複数の企業が合同で一つの区画に新築の家をいくつも建てるって形をとってた。こう、建物本体と、内装設備とかいろんな会社が合同でね。うん、木の香りだとか真新しい畳の匂いだとか……とにかく真新しい建物がいっぱいで超素敵でした。

 私の中で『家』って言われて思い浮かぶイメージっていうと、子供の頃から住んでるからマンションだった。

 母名義のそれはもう立派なマンション。たぶん億ションではないと思いたいけど、実際の価格を知らないからそこはノーコメントで。とにかくマンションにしか住んだことのない私にとって、一戸建てていうのは千鶴さんの家か、友だちの家。あとは滅多に行かないおばあちゃんのところくらいしか知らなかったんだ。だから新築の家ってだけで妙に新鮮で、意外なくらい楽しめた。私がも少しアクティブだったら、毎週でも行っちゃうかもしれないくらいに。まあ、基本が出不精だから実際は行かないんだけどね。

 ああ、でもこんなの見ちゃったら一戸建てが真面目に欲しくなる──なんてことを考えながら、私は「最新型!」ってアオリがつけられたシステムキッチンを見てたんだ。

 止むに止まれぬ事情で料理してたけど、作るの自体は結構好きな方で、外で食べるよりも安くつくからって家でもいろいろ作ってた。和洋中なんでも一応作れるのが自慢といえば自慢かな。まあ誰に披露するってものでもないんだけどね。

 とりあえず家のキッチンに入るのは私だけで、一人で作って、一人で食べるのが基本だった。小さい頃からね。けどそれが寂しいと思ったことはないかな。だって基本一人ってことは、自分の好きなものだけ作れるのってことだしね。ウチの父も母も好き嫌いが多いから、二人に合わせると栄養バランス崩れちゃんだもん。

 そんなこんなでキッチンに対して結構な熱意を持ってる私は、かなり真剣にシステムキッチンを見聞してた。

 ほうほう、このシャワーノズルはかなり伸びるんだな。なんてみにょんってノズルを伸ばしてたら、超絶楽しそうな声を出しながら千鶴さんが話しかけてきたんだ。

「ねえ、ミチルちゃん。ミチルちゃんの理想のキッチンは対面式? それともアイランド型? あ、それとも昔ながらのお家のキッチンとかが好きかしら」

 背中から声をかけてきたのは、千鶴さん。その日はシンプルなネイビーのワンピースに、オフホワイトのやーらかそうなコートを着てた。

 シンプルなそれがすっごく似合ってる千鶴さんは、頭のてっぺんから、爪先まで隙なくオシャレしました──って感じが全く感じられないんだよね。なんか焦って合わせたとかいう感じじゃなくて、板についたオシャレっていうのかな。

 そんな千鶴さんは、もうじき40歳になろうかってひとなのに、未だに私の少し上くらいにしか見えない。女って魔物ってホントだなあって私に思わせるお人なのです。サラッと年齢を感じさせず、かつオシャレな千鶴さんはかなり憧れのひとで、私は叔母さんとは呼ばずに千鶴さんと呼んでいる。だって血縁の『叔母』なのだとしても、そんな呼称で呼びにくいんだよね。千鶴さんには叔母さんでいいのになんて言われるけど、でも私的にそれは譲れないラインなんだよね。うん、やっぱり憧れの人をオバサン呼びはできないのだから仕方ないのだ。

 この時の私はそんな千鶴さんを見ることもなく、真剣にシャワーノズルを掴んでどこまで伸びるのか検証しながらそれに答えた。だってウチのキッチンの蛇口は固定型なんだもん。気になっちゃったんだよね。

「キッチン? そうだなあ……アイランド型とかは憧れるなあ。ウチのキッチンは完全に隔離されてるから、私がもし家を建てるなら開放的な感じのキッチンがいいなとは思ってるよ」

「そうよねえ、アイランド型はいいわよね! じゃあ、システムキッチンのカラーリングはどれかしら? ミチルちゃんは白が好きだったけど、やっぱりキッチンも白がいい?」

「色? うーん……確かにシンプルなのが飽きがこなくていいから白! って言いたいとこだけど掃除が大変でしょ? ううーん……」

 キッチンを使わないなら白でも全然問題ないんだけど、でも私はキッチンを使う。それも毎日。そうなると掃除はつきもの。となると、汚れが目立たないカラーリングが必要になるよね。だって毎回念入りに磨くとか性に合わないし。油汚れが目立たず、かといって可愛らしくも機能的な雰囲気のカラーリング──。

 この時の私は真剣に、そう、家を建てる予定なんて微塵もないのに真剣に考えてた。でもこういう内覧会とかに来ちゃったら、大抵の人はそうなるよね? 私だけがおかしいわけじゃないはず。

 そうやって、みにょんと伸ばしたシャワーノズルもそのままに悩んでたら、聞こえてきた千鶴さんの声。

「なら木目調とかかしら。ああ、でもそうなると家具とかもカントリー調に揃えたくなっちゃうね」

 トータルコーディネートも必要よね、なんて千鶴さんは言ってた。

 それにもやあんって浮かんできたのは、大草原にあるログハウス的なお家とかそんな感じの。飴色の家具とか同色のキッチン周りは確かに魅力的かもしれない。でも別に私はカントリー調にこだわりを持ってるわけじゃないんだよね。

「カントリー調かあ……それもいいね。リアル赤毛のアンみたいなお家ね。でもシンプルにまとまってたらそんなにカラーリングは気にしないかも。蛍光色とかじゃなければさ」

「ああ、まあミチルちゃんはそうよね……」

 なにやら残念そうな声を出した千鶴さんは、そう言うと少し無言になった。蛍光色のキッチンが嫌だってのはダメだったのかな、なんて考えながら振り返ってみれば、千鶴さんは小さなノートになにかを書き込んでいた。

 ちらっと見えたそこには『解放的なキッチン』『アイランド型』『カラーリングはシンプルに』『木目調もありかも?』なんて書いてあった。それって今私が言ったことだよね? なんて首を傾げて考えた──のはほんの数秒。

 キッチンコーナーの少し先に見つけた物に私の興味は奪われてしまったのだ。あの時もっと気にして質問してたら、少しは今と違ったことになってたのかもしれない──なんて思わないこともないけど、でもそれも今更。

 この時の私は、千鶴さんにツッコミすることもなく、ただ目に入ったそれに、ネコまっしぐらな感じで小走りに寄った。

「千鶴さん、お風呂だよ、お風呂! キッチンよりお風呂のが大事じゃない? 叔父さんお風呂好きだし!」

 なんて言ってた私の目の前には、それはもう立派なお風呂があった。

 足を伸ばせる広い浴槽に、広い洗い場。しかもそれが何種類も並んでるんだもん。テンションが上がってしまったのだ。

 それもこれも、千鶴さんの旦那さまにして、私の叔父でもある敏久叔父さんの影響だろうね。

 敏久叔父さんは、もうすぐ50歳になるナイスミドルだ。職業はなんだか体を使う、ちょっとばかり過酷なものらしいんだけど、そのお陰なのかな、年の割りにスラっとした体型をしててたぶん身内の欲目を引いてもかっこいい。私にとっての理想のお父さん像っていうのは、敏久叔父さんと言っても過言ではないね。

 その敏久叔父さんはお風呂好きで、温泉好き。まあ、私もお風呂は大がつくほど好きだけど、これは叔父さんの影響から。

 千鶴さんのところには子供がいないからか、千鶴さんも、敏久叔父さんも私のことを自分の子同然の扱いをしてくれて、長期の休みになるといろんなところに連れて行ってくれたんだよね。まあ、主に温泉地だったけど。たまに動物園とか、映画とか遊園地もあったけど、そのせいでかな、スーツ着てるとことか何度も見てるはずなのに、私が敏久叔父さんを思い出す時は絶対に温泉地の浴衣姿になっちゃうんだよね。ある意味それだけ思い出深いってことかな、温泉が。

 そんな叔父さんをわかってるからかな、千鶴さんもニコリと笑った。

「え、ええ。そうね、お風呂も大事ね」

「やっぱり足が伸ばせるのは大前提でしょ? 他にはなにが必要かな?」

「そうねえ……ジェットバス機能もいいとは思うけど、今欲しいのは浴室乾燥かしら。やっぱり雨の日のお洗濯って大変なのよねえ」

 ちょっと困り顔をしながら、千鶴さんはそう言った。うん、確かに雨の日の洗濯って大変だけど、私は毎日大量に洗濯してないから、そこはちょっと共感できないんだよね。

 本格的な掃除洗濯は休みの日の、それも晴れの日にまとめてするのが私なのですよ。うん。お日様万歳です。

「あ、そうなんだ。でもそれだったらサンルームとか作って、そこで干すってのもいいね。天気悪くてもなんとなく外に干してるーって感じするし」

 私的には、お風呂はお風呂としてだけ使いたい派なんだよね。確かに浴室乾燥って便利らしいけど、お風呂好きのさがとして、突然お風呂に入りたくなった時にすぐに入れないのは痛い。洗濯物を片付けて──なんてやってたらやっぱりすぐには無理でしょ?

 そんな私の言葉に、何故だか千鶴さんは食いつき気味に問いかけてきたんだ。

「まあ、サンルーム? ミチルちゃんはサンルームで何かしたいこととかあったりするの?」

「えー…お昼寝とか? あとはもし見られるなら天体観測とか? 夜は寒いからあんまり外出たくないけど、流星群とかの時は見たいし」

 流星群がある時期って大抵寒い時期が多くって、私は何回も断念してる。もっとも都会すぎてあんまり大きくない流星群の場合だと見えないんだけどね。でも流れ星ってなんでか知らないけど好きなんだよねえ……。

 私がそう言ったら、千鶴さんは苦笑いしながら続けて聞いてきたんだ。

「そうねえ……ミチルちゃん寒がりだからね。ん、でもいいわね、サンルーム。観葉植物を育てるのもできるし、お洗濯物も干せそうだし……でも浴室乾燥機能もあった方がいいから、そこはつけておきましょうね」

「ん? おきましょう? 千鶴さんの家にだよね?」

「え、ええ。そうよ、決まってるじゃない。それから浴槽は二人で入れるくらいの大きさね!」

「二人で……」

「そう二人で!」

 千鶴さんは敏久叔父さんと二人で入るんだ──なんて思って、思わず呟いたら千鶴さんはそれはもう晴れやかな笑顔で宣言するようにして言い切った。ツッコミなんてできないくらいに。

 や、仲がいいことは良いことだけど、お風呂に二人で入るとかは公言するものじゃない気がするのですが……認識間違ってたのかな──なんてこの時の私は思ったりもしてた。やっぱりなんで私はもっと千鶴さんにツッコミしなかったんだろう。気になることは気になったその時に聞かなきゃダメなのに。ああ、もう。後悔してもしきれないよ。

 でもその時の私はやっぱりなんにも聞かないまま。多少千鶴さんの態度を疑問に思いながら、その後もいろんな企業のブースを見て回ったんだよね。

 キッチン、バスルームに続いてトイレや寝室にリビングダイニング。とにかく主要なところは全部見た。それはすっごい楽しかったは楽しかったんだけど、やっぱりときたま千鶴さんがおかしかったのがちょっと気になってたのも事実。

 だって千鶴さんてば、私がなにか言うたびにコソコソとメモをとってたり、なにかにショックを受けてたりしてたんだもん。まあ、一番気になったのはお風呂に二人で入る宣言なんだけど。でも帰りに喫茶店でパフェをご馳走になって、それもすっかり忘れたんだけど。だってイチゴのジャンボパフェは芸術品てくらいに綺麗だった上に美味しかったんだもん。別に食べ物の誘惑に弱いわけじゃないと思いたい。

 それから半年後、千鶴さんの家はリフォームをした。

 ちなみにそれまでの間、内覧会には何度か千鶴さんの誘いで出かけてた。もちろんそのたびに千鶴さんはメモをとってたのを覚えてる。それで毎回帰りの喫茶店で食べたスイーツに誤魔化されてた私は、やっぱり食べ物の誘惑に弱いのだろうか……。

 うん、そんなことはいいんだ。とにかくリフォームした千鶴さんの家はそりゃもう素敵なお家になってた。

 元々素敵なお家ではあったんだけど、なおのこと。真新しい壁紙だとか、新しく貼り直したフローリングだとか、何故か私の部屋ができていたことはまあいいとして、とにかく全てが素敵だった。

 でもお風呂は浴室乾燥機能がついてたけど、サンルームはなかったしキッチンも木目調じゃなかった。薄いグレーで統一されててシンプルで素敵だったけど、でもなんでだろう。木目調にもサンルームにも乗り気だったのに、なんて思ってはいたんだ。けど、そこはあんまり気にならなかった。というか、気にするヒマがなかった。

 だって、「お家が新しくなったから遊びに来てね」なんて言われてたその日が戦場になってしまったんだもん。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ