第〇話
真新しい匂いに満ちたピッカピカの新築の家。イマイチ自分の家って気がしないそんな家の玄関先で、これまた慣れないお人を見送る。これが私のこの家でする一番初めのお仕事なのだ。うん。しっかりやらなきゃね。
三和土に腰掛けて、カッチリした革靴を履く背中。
大きくて、広いその背中はたぶん世間一般では頼り甲斐があるって表現がピッタリなんだと思う。
この背中の持ち主は、このたび晴れて私の旦那さまになったお人である八潮雅史さん。ちなみにまだ『八潮さん』呼びですが、今のところ支障はないです。本人からもダメって言われてないしね。
紺色のシンプルなスーツを着た八潮さんは、スポーツマンタイプの短髪でそりゃもうイケメンさんだ。だって正直紳士服店で、三着幾らとかの吊るしで売ってるスーツが、こんな高級感漂うスーツに見えるんだよ? イケメンってホントに得なんだね。
そんな八潮さんは今年33歳だというけど、どうしてこんなイケメンさんがその年まで独身だったのかも謎。だって絶対世の女の人が放っておかないタイプの人だよ、この人。なのに恋人はいたけれど結婚までは行けなかったなんて言うんだ。すっごい謎。
だって八潮さんはイケメンさんにありがちな「自分イケメンですから」オーラは出さないし、優しいし、甲斐性もあるし、しかも家にいないし──ってそれは違うか。とにかく八潮さんは、私にとってはとっても好条件な結婚相手なんだもん。絶対引く手数多だったはずなのに。でもまあ確かに謎なんだけど、私的には八潮さんが結婚してなくてよかったんだろうね。だってそのお陰で私が八潮さんと結婚できたんだから。まあ進んでしたかったわけじゃないんだけどさ。
なんて考えてたら、八潮さんがすくっと立ち上がった。
「それじゃあ、ミチルさん。いってきます」
「はい、いってらっしゃいませ。気をつけてくださいね」
質実剛健って感じで言われて、送り出す言葉を私は笑顔で返してみる。
ただいまの時刻は午前七時。うん、こんな時間にこんなスッキリ爽やかな印象を与える旦那さまはホントに素晴らしくイケメンだと思います。正直私のような人間にはもったいないの一言に尽きるお人だと思う。うん、マジで。
ほんの少し、はにかむように笑った八潮さんは静かにドアを開けて家を出る。八潮さんから言われてるので、外に出てまで見送りはしないことになってる。だから私は閉まるドアの隙間から見えるその背中だけを見送った。
うん、私に都合いいようにいろいろしてくれる八潮さんは、ホントに『理想の旦那さま』だと思うね。だってこの家だって結婚前に八潮さんが用意してくれたんだよ? しかもここはローンがあと10年しかない新築。30そこそこでこんな広い家を10年ローンで買えるものなの? ってことは疑問だけど、とにかく私の両親とも八潮さんの両親とも別居で、しかも旦那さまの八潮さんはほぼ自宅にいないというこの結婚生活。それは私にとって最高の環境としか言えない。私にとっては棚からボタモチみたいなものなんだ。
ホントに私にとっては最高なんだけど、どうして八潮さんは私と結婚したのかな。ちょっとそんなことが浮かぶけど、そんな些細なことが頭の中にあるのはほんの数秒くらい。私は閉じたドアにしっかり鍵をかけて踵を返した。
「さて、今日はなにをしようかな」
なんて鼻歌交じりに向かうのは、これまたピッカピカのリビング。
引っ越して二日目の今はまだ家中整ってるとは言えないけど、それでもここはこれから私のお城になる場所。私の過ごしやすいようにしていいって言われてるし、これからしばらく巣作りをしないとなのだ。キッチンに合わせてシンプルにするか、それともカントリー調にするか。はたまたモノトーンで落ち着いた感じにするか──なんて風に、家中をどんなインテリアで統一しようかなってことを考え始めると、もうすっかり八潮さんのことは私の頭の中から消えてしまうのだった。