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はい、マイマスター  作者: Archangel
メイド購入旅行1~メイドを買いましょう~
7/22

エミルにお任せください

 奴隷を買うことを決めたものの、やはり消極的なイメージしかないカイルにとって出立までの間は憂鬱そのものであった。マリィにも心配をかけてしまっているようで、彼女が執務室に遊びに来ることも以前と比べ多くなっているような気がする。

 出立まで1週間を切った頃には屋敷の者にも既に話は行き届き真っ向から反対する者はいないものの、やはり複雑な心象を受ける者はあった。


 そんな折り裏庭のベンチで独り物思いに耽るでもなく呆けたように風景を眺めていると雲もないのに影が差す。


「カイル様、これだけ晴れている日に日傘も差さずにいると身体に障りますよ」


 見上げるとエミルが大きめの日傘を差して立っていた。たまたまこのベンチが見える廊下を通りかかって気が付いたそうだ。今はヴィークルへ荷物を運ぶのを監督しているのでいないが、普段ならエミリア辺りが自然にしてくれるので全く気にもかけてなかった。


「悪いね、ちょっと休むだけのつもりだったから」

「そうは言われますが、もし途中で離れてなかったのであれば少なくとも三十分はこのままでしたよ?」


 用事があって行きに廊下から見かけていたのが帰りにもそのままだったので急いで傘を用意してきたらしい。


「やはり、新しいメイドのことですか?」

「……エミルにはなんでもわかるんだな」

「はい。私もエミリア様たちには敵いませんが、ここでは古株ですからね」


 胸を張りエヘンと聞こえそうな姿勢を取った後、ニヘラと笑いかけてくる。エミリアも住み込みで雇うのを最初こそ渋っていたが、この娘自体は気に入っているようで自分の仕事の殆んどを教えているようだ。マリィも同じでよく気に掛けている


 自分のところに来る前にも仕事で屋敷の中を行き来していたようだし立っているのも疲れるだろうと隣に座るように勧める。最初は遠慮して立ったままで良いと言っていたのを首が疲れると言って座らせてやると「エミリア様に怒られちゃうかな」と舌を出す。


「まあ私が指示したんだし大丈夫じゃないかな。怒られそうになったら弁護してやるさ」

「カイル様はエミリア様に弱いので押し負けちゃわないか心配です」


 このやろうと半眼で睨んだが笑う彼女にこちらも笑顔になる。


「それで、なにか気に掛かることがあるんですか?」

「へ?」

「だ、か、ら、新しいメイドです。それで呆けてらしてたんですよね?」

「まあ、ねぇ」


 なんと言っていいものか自分でもよくわかってないのだから説明が難しい。


「エミルはどう思う?その、今までと違って雇うんじゃなくて、その…奴隷ってことについて」


 エミルは暫く小首を傾げて悩んでいたが話し出す。


「んん……特にはこれといってないですね。エミリア様やエイダ様も身分としては奴隷ですし、だからといって他の人と目に見えて違うところもないですし……エミリア様の後継者にって話も私は理解してるつもりなので今は同僚が増えるというくらいですかね」


 エミリアの後継者にという話はあの翌日にエミリアから説明されていた。エミリアの補佐をやることが多いので知らせておいた方が都合がよいのとエミルに対してエミリアの信用がないのではないかと第三者からいらぬ臆測混じりで間違ったことを吹き込まれないためだったのだが、エミルは雇った当初から物分かりがよく今回のことにも特にわだかまりはないようだ。


「でも、もしかしたらその子にカイル様を取られた! って嫉妬して意地悪しちゃうかもですけど」


 今まで見たことのない意地の悪い表情をしながらそんなのとを言った後、舌を出しながら冗談だところころと笑う彼女に勘弁してくれとボヤいたら余計に面白かったらしく暫く彼女は笑い続けていた。


 しかし彼女はその笑顔を急に曇らせる。多分大丈夫だろうがと前置きして少し不安になる話を彼女がしてきた。


「エミリア様たちのことはもしかしたら知っててもどこか曖昧と言うか誰も奴隷って意識してないんですけど、奴隷ってあんまりいいイメージを持ってない子もいるみたいです」


 それについては自分と同じでアヴァロニアでは奴隷を買うこと自体が殆んどないので抵抗があるんだろうと言うカイルにそうではないと答える。

 奴隷そのものに良いイメージを持たない者がいるらしいのだ。


「タルムではバモス様やエミリア様たちのお蔭で奴隷に対する悪いメージってあまりないんですけど、ただ自然過ぎてエミリア様らが奴隷なのを忘れてるだけというのもあるんです」


 タルムは外れているとはいえ南方横断道に近く、その南方横断道はクリティアよりのキャラバンが利用することもある。彼等は雑用のために奴隷を伴うことも多く、奴隷を人として扱わず道具として扱う。アヴァロニアでも中央やセントレイド寄りの地域では主人を助け、また片腕として活躍する奴隷も多く奴隷に消極的な印象を持っていてもそういった感覚は少ないのだが、こちらでは奴隷と言えばクリティアのキャラバンが連れて歩く者くらいなためにどうしても人として捉えない者がいるとエミルは話す。


「多くの人は表面上は奴隷を道具扱いなんてしませんが、これは教育とか思想ではなく心の奥底にある常識みたいなものになっています。教団もそういった差別をなくすことに尽力はしているのですがなかなか難しいそうです」


 少し沈んだ声でそこまで言って黙ってしまうエミルを見ると彼女は裏庭というよりどこか遠いところ見ているようだった。なんともそのまま何処かへ行ってしまいそうな雰囲気を感じてカイルが声をかけようとしたらこちらに再び笑顔を向けてくる。


「大丈夫ですよ」

「は?」

「だから大丈夫です。他の者がどの様な考えであっても、ここでは、この御屋敷の中では私がちゃんとお守りします」


 「そ、れ、に」と人差し指を立ててリズムを刻むようにして「後悔なんてさせませんから」と続ける。


「後悔?」

「はい。カイル様が気にかけてるのは実はそこなんじゃないですか?」

「それは………」


 見事に図星だったというか、それを聞いて今まで喉の奥にわだかまっていたものがすとんと落ちたような気がした。カイルの気になっていたのは奴隷を買う云々も然ることながら奴隷として来た者が奴隷となったことや自分の下に来たことを悔いることだった。

 バモスに買われたエミリアやエイダはそのことを全く悔いていない。寧ろその身分を失うことを殊更恐れている。バモスやカイルとの繋がりが自分達にとってとても大事なのだと。だからカイルの契約の破棄の申し出も断っているのだ。

 それはバモスが2人をいかに大切にしていたかの結果である。カイルは新しい奴隷にそれほどまでのことをしてやれるかという不安が付き纏っている。


 それが今の憂鬱の本当の正体なのだ。


「そうだな。それはとても不安だ。もしかしたらやむを得ない理由があったにしろ奴隷となったことを後悔させてしまうんではないか、もしかしたら私に買われたことを後悔させてしまうんではないか、もしかしたら……いっそ死んでしまった方が良いと思わせてしまわないか不安に感じる……」


「だから大丈夫です」


 今まで無意識に考えまいとしていたであろうことに気付いて頭を抱えて悩んでいるとエミルが続ける。


「エミリア様やエイダ様やマリィ様、それに私が後悔なんてさせませんよ。それにカイル様は御自身を過小評価し過ぎです」

「過小評価?」

「はい。私は幸せでしたよ、この三年間。確かに奴隷ではありませんが、カイル様の下で働かせていただいて後悔したことなんてないです。……あ、エミリア様の扱きはきつくて挫けそうにはなりましたけど」


 あれは確かにきついとカイル自身も仕事を覚えるのに扱かれたことを思い出して同意する。


「でも、私はカイル様のお蔭で今日までやってこれたんですよ」

「いや、私はなにも………」

「エミリア様に叱られて落ち込んだときには必ずお声を掛けて下さいました。最初の内はお暇を出されるのではとびくびくしてたんですけど、いつも優しく励ましてもらえて、私は嬉しかったんです。そうでなければとっくに逃げ出してたかもです」


 それほど大したことをしたつもりのないのに評価されてもカイルはなんと言っていいのか迷ってしまう。しかし最初に雇ったエミルにそこまで評価されて嬉しくないわけがなく自然と笑みがこぼれてしまう。それに気付いてエミルが慌て出す。


「あ、すみません。出過ぎたことを言いました……て、ちょっ……え?」


 あたふたしているエミルの頭を乱暴に揺するように撫でてやる。


「エミルは可愛いなってな」

「そんな、私なんか……」

「気にするな。寧ろこれからも何かあったら言ってくれ。良いことも悪いことも」

「はぁ」


 いまいち釈然せず曖昧な返事になる。


「問題なければ返事は『はい』とエミリアに言われなかったか?」

「はい! 申し訳ありません」

「よしっ。それでいい」


 エミルにニカッと笑いかけると訳がわからずひきつり笑いを返してくる。それがまた面白くて笑っていると再びエミルが居心地悪そうにしている。


「主人をからかった仕返しだ。許せ」

「……カイル様は時々意地が悪いです」


 そう言って膨れっ面を作るエミルの頭をもう一度掻き回して、カイルは立ち上がり数歩前に出る。慌ててエミルもそれに倣う。

 エミルに背中を見せたまま静かに語り出す。


「エミリアは新しいメイドを迎えたら少しずつその娘やエミルに仕事を引き継いでいくつもりだ」

「はい」

 少しエミル返事が低くなったが気にせず続ける。

「別に屋敷を去るわけじゃない。エミリアの望んでいるのはバモスのエルトマルトからカイルのエルトマルトへの世代交代だ。それはわかるな」

「はい」

「よし。そこでエミルに頼みたいことがある」

「ご命れ――」

「命令ではなく依頼だ」

「……依頼、ですか」

「そう、依頼だ。できるか?」

「私にできることであれば」


 一呼吸分ほど考えてエミルから返事が帰ってくる。


「そうか、良かった。エミルには他のメイドの悪意から新しい子を守ってほしい。どうかな?」

「はい! それならお任せください」

「そうか……」


 カイルが振り返りお互いの優しい笑顔がぶつかる。


「ありがとう。頼りにしてるよ、エミル」

「はい!」


気持ちのよい返事が屋敷の裏庭に響いた。




2016年08月14日 誤字修正

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