旅装整備
それぞれがそれぞれの理由でぐったりしながら工房に着いて受付に声をかけると「また盛大にやらかしたらしいな」と笑いを堪えながら親方のグラハムが顔を出す。なんでも買い出しに出ていた弟子が広場での一件を一部始終見ていたらしい。それを聞いただけでカイルは回れ右をして帰りたかったがそうはさせじと後ろからマリィに肩を捕まれ引きった顔のままグラハムと見つめ合うかたちになってしまいついに吹き出されてしまう。
「カイルはすっかりマリィの尻に敷かれとるな」
「止めて……必死で認めまいとしてるんですから」
「まぁババアの尻よりいいだろう」とエミリアを見ながら耳打ちしてくる。直ぐ隣のエミリアから冷たいものを感じながらとっとと本題に入ることにした。
グラハムはこの工房の2代目の親方だが若く気安い性格とカイルも歳の離れた兄のように感じている。若くとも工業国の北方オルダインにある小人の工房で修行を積んだ腕は確かな良い職人である。バモスとも面識がありエルトマルトとは先代からの付き合いでナイフやフォーク等の食器の調達からヴィークルの整備までこの工房に任せてある。
「ふむ、エミリアとマリィのは既製品を改造するだけでいいんだな。それならそうかからんだろう。カイルのが完全フルオーダーとなると物にも因るが納期はいつ頃にすればいいんだ?」
「それなら出発が1ヵ月後に予定してある受け渡しの後だからそれまでにできれば問題はない」
「1ヵ月か。実際なにが必要なんだ?」
「取り敢えず胴と右の籠手、あとブーツをしっかりしたものに、かな……ああ、胴は最低限のもので」
「じゃあ、胸をカバーできればいいな。籠手は?胴を軽量でというとそっちも最低限の腕だけ守れればいいのか?」
わざわざ籠手を常備するほどでもなかろうと外側を守れるものであればそれで充分とカイルが答えるとグラハムは暫く考えて問題ないだろうと答えた。そして少し疑問に思ったらしく尋ねてくる。
「それにしても右だけって、左のはどうすんだ?」
「左の籠手は聖騎士予備隊時代に自前で使ってたのがあるんでそれを使うから必要ないだけ」
「左だけ?またけったいな揃えかたしたもんだな」
「いやぁ聖騎士団でも下っ端だとなかなか先立つものの都合がつかなくて」
「どんだけ贅沢してたんだ……」
視線を逸らし頭を掻くカイルに嘆息したのちグラハムは気を取り直して続ける。
「できれば意匠は近いものに揃えたいんだがエミリアの担いでるのがそうだな、取り敢えず見せてみろ」
エミリアがテーブルに置いたケースを開けると仕切りの間に布の袋に入った剣、ダガー、籠手があった。
先ずは一番大振りな剣を取り出す。サイズとしては片手で振るには丁度良いが柄に派手な装飾がある。鞘から引き抜き少し振ってみたが重さも恐らく長期戦でも疲れず振り続けられそうに軽いが、きちんとした重みもある。そしてよく見ると剣身もうっすらと装飾か施されている。
「なんだこれ? 欠けどころか歪みも全くない。壁にでも飾ってたのか?」
「一応任務で何度も使ってる。せっかく大枚叩いた装備を飾りにできるほど暇じゃなかったさ」
それでもなかなか納得のいかないグラハムが色々な角度から見定めているとなにかに気付き鼻をひくひくとさそる。
「この臭いは……芯に魔石を仕込んでやがるな」
カイルが目を見張り頷く。
「……てこたぁ、これも装飾じゃ……やはり」
剣身から柄の装飾に視線を移して暫く、装飾の溝に紛れるように埋められた魔石を発見する。
「刃の模様も中の術式が透けてるのか。こんなもん剣の形をした魔導器じゃねえか。こいつを打ったのは鍛冶屋というより魔術師じゃないかと疑いたくなるな」
乾いた笑いを漏らしながら目を合わせようとしないカイルに向かってグラハムは言う。
「しかも無駄に魔石を隠してやがるからよく嗅がなきゃわかりゃしない」
剣を鞘に戻し今度はダガーを取り出す。
「ソードブレイカーか。今更対人なんざやるこたあないだろ」
「まあ人ではないかな」
そこでグラハムがそれに気付く。
「このソードブレイカー、使ってるのか。そっちの長剣と違って歪みがある。何と戦ったんだ? 兵士のアンデット? 生半可に肉が残ってるような死に損ないじゃなくボーンウォーリアとか? ……いや、なら聖属性の魔法で一掃もできるし、この歪みかたはおかしい。守秘義務とか言うなよ。」
「守秘義務とかないさ。普通にまだごろごろいるモンスターだし……いや、ホムンクルスとかオートマトンに近いのか……」
「魔王の鎧か」
カイルが静かに頷く。
魔王の鎧とは魔王がその魔術により生み出したとされている鎧のモンスターである。倒すと石の鎧となり崩れ落ちるので中身はないものとされている。しかし中身もないのに下手な戦士よりも強く舐めてかかると徒党を組んでも返り討ちに会いかねない。
「魔王討伐からどれだけ経ったと思っとるんだ」
「魔王の鎧に関しては未だに討ちきれてないんだ。もしかしたら増えてるんじゃないかって言う奴もいるくらいに現れてるんだよ」
考えたくはないが、魔王自身が未だに生きてるのではとの仮説があることにグラハムは鼻をならして話題を切り上げる。
これも特には整備の必要はないなと戻し最後の籠手に取り掛かる。
袋から取り出された籠手は銀色に輝き外側に3本の縦筋がある構造物があるだけで他には継ぎ目すらない。その構造物も滑らかな線で籠手本体と繋がっているため何度も角度を変えてようやく見付けられるほどに自然に取り付けられている。その構造物については魔術で展開させて盾になり、更に魔法の盾が覆うように発動するとカイルが腕を通す穴から中身を覗いているグラハムに説明する。
「中身は殆んどが妖精銀か。外側のは一応鋼で覆っているのか。キズがあるってことはそれなりに使ってるな……どうせこいつは誰にでもは開けんのだろう? 取り敢えず開けてくれ」
グラハムが投げて寄越す籠手をカイルが受け取り、内周に埋められてある魔石に触れると腕の外側半周はそのままで内側が真ん中で割れてそれぞれ横に開く。それを改めてグラハムが見定める。
「小人の工房……しかも黒鎚か……片側だけでも充分贅沢品だろ」
黒鎚とはオルダインだけでなく世界でも上質な製品を造る小人の工房の職人でも特に優秀な者に与えられる称号である。黒鎚の装備は全てオーダーメイドでそれ相応の値で取引されるため、全身を黒鎚のもので揃えられるのは貴族であっても難しいとされている。
「そんなの見ただけでわかるものなのか? 確かに使ってて他の装備とは全く違うのはわかるけど、いくらなんでも見ただ……」
「ここにサインがある。奴等は自分の作品には必ずサインを入れるんだよ」
そう言ってグラハムが示す場所には確かに文字のようなものが並んでいる。
「これって術式じゃないのか?」
「真ん中のは確かに魔術の術式だ。中心が新式魔術でその外側が旧式魔術、更にその外側にも新式魔術だな。おそらくこの中央の新式が発動させる魔法に必要な魔力を一番外側のがお前から引き出して増幅させ基本術式を発動させる。そしてその内側の旧式で発動した基本術式をさらに増幅させ真ん中に受け渡す。旧式は本来なら術者の制御が必要だが増幅だけならそこまでの技術が必要ないから新式の術式で誤魔化せる上に増幅させる魔力は新式と比べて桁違いだからこういうのには未だに積極的に使ってるんだよ。んで、この一番外側のがそれぞれ小人の工房と黒鎚のサインだ」
「改めて説明されるとすごいな……」
「あいつらこういうのにかける情熱は変態クラスだからな。お蔭で黒鎚の装備は無駄に高くなるんだよ」
他の物も黒鎚製かと聞かれカイルが肯定するとこれに近いものくらい言えばもっと安くいつでも作ってやるのにとグラハムに言われたが、そもそもエルトマルトを継ぐまでは面識どころかタルムに自発的に来たこと自体なかったのに無理な話である。
その後は籠手を実際に装備して魔力を流して術式の発動や魔力の漏れなどをチェックの末、こちらも大丈夫だろうとなった。
エミリア達の装備も基本的には既製品をそれぞれに合わせるだけなのでそれらを選んで2人の各所のサイズを採寸して午後一杯を使い屋敷に戻ったのは日も暮れて昼勤のメイドたちが帰った後だった。
2015年07月28日 台詞の追加
2016年08月14日 誤字修正