次代のために
奴隷そのものは魔王が世界を統一する前の戦乱の時代からあるものだ。しかしそのあり方を変えたのはその魔王が生み出した新しい魔術によって組まれた隷属の契約に因るものだ。
新式魔術と通称される魔王の魔術はそれまでの魔術とは全く違う新しいものだった。それは魔術回路と呼ばれるきちんとしたルールに則りさえすれば特別な修業などすることなくあらゆる魔法を発現させることができた。小さな火を起こすような魔法から町1つ消し飛ばす魔法まで基本術式と呼ばれる簡単な魔法を発動させるだけで充分、しかもその基本術式はペンの持ち方を覚える程度の努力で殆どの者が簡単に修得できる。更に新式魔術の凄いところはその基本術式すら魔石などを消費することで魔術回路により再現できるということにあった。
そしてそれまでの表面的なものであった隷属の契約はその主と奴隷の魔力を小さな魔術回路に記録させ裏切りへの枷となり、今では奴隷に対して成される当たり前のものとされている。
クリティアのように奴隷を労力としか考えていない地方ではどんなに非道な扱いをしても逃走や反抗を許さない方法として重宝された。セントレイドやロズエリアのように雇い人ではなくその家の深いところまで共有する専属の使用人とする地方では裏切ることができないということが大事であり、特に奴隷を買うことができる層は他の悪意ある者から潜り込まれることがなくなるために重宝された。
エミリアやエイダは後者であり、バモスのハンター時代のサポートと発見した財産やエーテルの泉を守り、その運用を手助けするために買われた。
特に人が行ける場所にあるエーテルの泉はとても希少で新式魔術が技術の中心にある現代においてその保有はとてつもない資産である。そのためそこに辿り着くには何重にも結界が張られている。
今もエミリアには運用と主人であるカイルのサポート、エイダには特にエーテルの泉を守る管理人として役目が与えられている。
そして今、そのエミリアの後継者を用意しろと迫られているわけだが……
「奴隷ねえ……。君らとは既に契約を済ませられてたこともあるから受け入れてはいるけど、前から解放の承認はしたいって言ってるようにあまり乗り気にはなれないんだよね」
隷属の契約に関する魔術はそもそもそれほど複雑なものではない。それを引き継ぐための契約も奴隷商などを通すことなく勝手にすることを認められている。そうでなくては十才の子供であったカイルにそれをさせるなんてこともできない。
契約の継承そのものは簡単なもので奴隷が身に着けている隷属の証と呼ばれる魔導器、つまり魔術を発動させている装置の主側の空きスロットに魔力を注いでおくだけであとは主契約者が亡くなったり放棄した時点でそちらに権限が移譲される。その魔力も一滴の血で十分役を果たす。また、それは契約者の意志によって承認を下せば契約自体をなかったことにもできる。
奴隷を買う習慣の殆んどないアヴァロニア中央部出身のカイルとしては奴隷そのものに抵抗があった。そのため三年前にバモスから継承した際に契約の破棄について話し合ったものの最終的に二人の意志を汲んでそのまま継承することにしたのだった。
悩んでいると背中におぶさったままのマリィが囁いてくる。
「マリィも、エミリアもエイダも、なにもご主人困らせたくてこんなこと言ってるわけじゃないにゃ。これはバモス様にもう何年も前から言付かってたことだからご主人が嫌がるの承知でお願いしてるのにゃ」
「それはわかっているけど……」
「んにゃ、ご主人はわかってないのにゃ。マリィはともかくエミリアやエイダは隷属の契約があるのにご主人にお願いしてるのにゃ。ご主人がそれを拒否したのに食い下がってるのにゃ」
「……え、と」
エイダが「おい」とマリィを制止しようとするがマリィの囁きは止まらない。首に回されているマリィの腕に若干力がこもる。
「隷属の契約に縛られてる以上は主の拒否に対して食い下がるのは間違いなく主への反抗にゃ。ご主人はエミリア達をあまり拘束したがらないから多分それほどでもにゃいと思うけど、だからって苦痛がないわけじゃないにゃ」
それを聞いて二人に視線を投げ掛ける。
「……ったく、それは敢えて言わないでおいたのに。これではカイル様を脅迫しているようなもんではないか」
エイダがエミリアの後ろで肩を竦めながら話すのを聞いて「でも、嘘じゃないし」とマリィがぼやく。
たしかにそれを聞いて頑なに断る気にはなれなかった。苦痛の種類はそれぞれらしいのだが特に逃走や主の生死に関わるような裏切りになると奴隷自らの命に関わるとは聞かされていた。これから出会うであろう見ず知らずの娘と目の前の二人。見ず知らずの娘には悪いが天秤に掛けるまでもない。
「……それで、もしかして他にもジイサンから言伝てとか預かってたりする?」
「いいえ、バモス様の望みはカイル様が家を継がれることと、私の後継者を迎えてその者をパートナーとしてカイル様のエルトマルト家を作ることでした」
「私とエミリアの後継者……」
エミリアが頷きて微笑みかけてくる。
「勿論、お邪魔でなければ可能な限りは私もお仕えしたいとは思っています」
「うん、それを聞いて安心した。マリィもありがとう。この程度のことでとか思って想像もしなかったよ」
そう言いながら未だに背中から降りないマリィの頭を撫でてやると「当たり前にゃ」とだけ少し明るい声が返ってきた。エイダから「やはりマリィに甘過ぎます」と聞こえたような気もするが、気にしないことにした。
2015年07月16日 タイトルを変更
2016年08月04日 誤字修正