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はい、マイマスター  作者: Archangel
メイド購入旅行3~コーマック遭遇戦!~
19/22

御令嬢

 イェテルから引き取ったエミリアをマリィへ預けるとカイルは自分のポーチから親指ほどの小瓶を取り出し封を切る。


「もしものときにと持って来ておいてよかった。少々クセのある匂いだから一気に飲み干すと楽だよ」


 そう言いながら渡すのはエーテル水薬と呼ばれるもので、失われた魔力を回復するのに使われる。基本はエーテルを清水で薄めたものだが、カイルのものは更に幾つかの生薬を配合してあり気付けとしての効果の方が高い。

 エミリアは言われた通りに一気に呷るとその独特の臭気に少し噎せる。多少は顔色が良くなったものの未だに辛そうだ。


「まだ足りないか。それじゃ左手を出して……そう」


 出された左手のひらと自身の右手のひらとを合わせるように握り、左手を添えて包む。すると淡く光り出す。


「少し強引だけどコーマックのエーテルがぶ飲みよりは良いだろう」

「ほほう。魔力の譲渡とは珍しいものを」

「聖騎士の戦い方は魔力がないと話になりませんからね。この辺は得手不得手はありますが必須なんですよ」


 「それでも本来は素人にはやらない方がいいんですけどね」と感心しているイェテルに応える。他人の魔力を直接取り入れるというのはそれだけリスクが高いのだ。

 それを三十秒ほど続けているとエミリアの顔色が血色を取り戻し普段のものに戻る。マリィから離れ深呼吸を一度してもう大丈夫そうだと言うのを受けてカイルも頷く。


 その様子を一歩離れて眺めていたイェテルに彼の部下が駆け寄って来て、ボソボソと耳打ちをする。


「カイル殿、我が商隊の隊長が会えないかと話しているそうなのだが、時間の方は大丈夫だろうか」

「それは構いませんが……こちらも少しお話しできればと思ってたところです」


 一瞬怪訝そうにするイェテルにカイルが今のままでは再び襲われたとしたらどうにもならないだろうから、良ければ護衛を手伝えたらと伝えるとなるほどと納得する。


 先ほどまでイェテルらが守っていたヴィークルの木製の大扉の傍まで来ると護衛らが道を開ける。すると彼らに隠れて見えなかった男が姿を現す。


「どうも(わたくし)は本商隊の(あるじ)でヤオライと申します。……ああ、主と言っても本来の主は我が主でして、私は商隊長という意味でして――おっと、これはわざわざ説明するまでもありませんな」


 ニコニコとよく口の回る彼はともすると軽薄そうにも受け取れ兼ねないが、どこか汲み取りきれないものがあった。


「それにしてもそちらのエルフ――ではないのですな。随分と強大な魔法を扱った麗人となるとついついエルフではと思いましたが、どうやら耳は長くないようで。そうそうそちらのお嬢様には間一髪のところ本当に助かりました。イェテルらも決して無能ではないのですが、やはり多勢に無勢。私はもう肝を冷やしました。主からおうせつかっていた荷も一部とはいえ奪われるところでしたし、我が命も風前の――」

「ヤオライ殿、カイル殿を呼び止められたのはそのような話をするためですか」

「ん? おお、違うぞ。当然違う。いやはやイェテルは木偶の坊かと思いきや存外気配りができる。これは主にもよく伝えねば――」

「ヤオライ殿……」


 溜め息混じりのイェテルに咳払いを返してようやく本題に入る。


「申し訳ない。九死に一生を得た嬉しさについ要らぬ話を」

「お気になさらず。寧ろ元とはいえ部下が迷惑をかけたうえ、捕り逃してしまいこちらの方が申し訳ない限りです」

「やや、マゥシャック家の次期当主殿がそう軽々しく頭を下げるものではございません。こちらとしては撃退していただいただけでも大助かりなのですから」


 エルトマルトを名乗り損ねたのもあるが、家名を実家であるマゥシャックだと思い込んで話す彼らについ苦笑で返してしまうカイルをヤオライは気にした素振りも見せずに続ける。


「しかしよろしいのですか? そちらも旅の途中とお見受けするのだが」

「ああ、それについては安心ください。急ぎの旅でなし、向かうのはお互いローザの方でしょうからここでそのまま旅を続けても後々再会したときに気まずくなってしまいます」

「なるほど、それはたしかに。腹に一物がなくともお互い疑ってしまっては気分がよくないですな」


 ヤオライが首を何度も縦に振って大袈裟に納得する。

 それではとこれからの簡単な段取り確認すると、ただローザを目指すとはいえ、やはり護衛もなしに向かうのは少々ヴィークルの作りが豪華すぎる。先ずはインスタントファミリアでローザの彼らの商会へ報せを出し救援を要請。それが早ければ三日、遅くとも四日ほどで到着し、それから彼らと共に残ったヴィークルでローザを目指すとのことであった。


「ローザへ報せを飛ばすならひとつお願いしても構わないでしょうか」


 「お知り合いでも」と訊ねるヤオライにそれを否定する。そして魔法で氷漬けにされた左腕を取り出す。エミリアを回復させこちらへ来る前に回収しマリィへ持たせていたコーマックの左腕だった。

 簡単な封印処理はしてあるものの、彼の手下にそれを破ることができるものがいないとも限らないのでハンターズギルドへその辺りの依頼と共に届けてもらいたい旨を伝える。

 カイルやマリィがハンターライセンスを所持しているとはいえ、二人の所属は飽くまでもアヴァロニアギルドであってロズエリアギルドではないため直接どうこう連絡するにも色々と面倒だった。


「ふむ。そういうことならお任せ下さい。ただ急ぎの便で重量を増やすとなると……ああ、魔法職のいない我々では色々と問題がございまして」

「その辺は私が負担しましょう。恐らく報奨金も些少とはいえ払われるでしょうから、それもそちらのどなたかの名義で受け取っていただいて構いません」

「……ふむ。たしかコーマックは五百万アーデでしたな」


 この街道を使うだけあって出没する盗賊の報奨額くらいは頭に入れてるらしい。


「まあ、本人は逃しているので貰えたとしても二十万アーデといったところでしょうね」

「いやいやそれでも派手に遊びさえせねば数ヶ月は暮らせますぞ。そのような大金をほいほい受け取るわけにも……」

「それなら護衛の方々のボーナスにでも当てて下さい。実際彼らがいなければ我々が到着する前に全滅もあったわけですし」

「ううむ。これに関しては私一人では判断しかねる。我が主に相談させていただきたいのだがよろしいか」


 さすがにヤオライが渋ったのでこれは一時保留として、早速カイルが魔力を補充して補強したインスタントファミリアでローザへ報せと腕を送り出した。

 そしてインスタントファミリアを送り出して一段落したところでカイルが気になっていたことを訊ねる。


「このヴィークルにはどなたか乗られているのですか? 魔力を隠してないところを見ると戦闘員という訳ではなさそうですが」

「……なんと、それがわかるのですか」


 一瞬視線を泳がせたが観念したように白状する。


「実は昨今コーマックによる脅威から軒並み自粛する中での旅を強硬したのはさる御令嬢を護送するためでして、恐らくカイル殿の感じる気配は彼女のものでしょう」


 ヤオライが少しの間考え込み先ほどまでの軽薄な笑みを引っ込める。


「その魔力の探知というのはコーマックも可能なのだろうか」


 例えコーマックが誰を相手にしてきたとしてもそれについては聖騎士としては基本的なものであったし、万が一にも自分達では敵わないようなものを相手にしないためにも鈍らせる必然性がないのでカイルは肯定する。

 恐らく彼らがヴィークルを爆破したのは守る必要のある非戦闘員がいるヴィークルを足止めさせるため。それを足止めさせることができれば対象の護衛もそちらに集中せざるを得ないので、狙いやすい先頭ではなくわざわざ後方のヴィークルを狙ったのだろう。


「ふむ。カイル殿、もしよろしければ我々よりも彼女を特に守っていただけないだろうか。彼女のご家族と我が主より頼まれた大事。どうだろうか」

「我々でできることなら喜んで。ただ彼女自身がそれを望んでおられるのが前提になりますが」


 それならとヤオライは感謝の言葉を残しヴィークルの中に消えた。

 どうせ待つならとエミリアが応急処置を施していた護衛隊の傷の深い者から回復魔法をかけていく。十分な訓練が施されているのか盾などの防具の痛みに比べ重大な傷は少なかった。恐らくはそれらの限界を超え受けきれなくなり負った傷なのだろうと予想がつく。これではたしかに皆が回復しても要人を守るのは困難だ。

 とはいえ、エミリアもいるのでカイルとマリィだけではやはり十全とは言い難い。万が一にも備えてカイルのヴィークルからいくらか防具を貸し出すのも仕方ないかもしれないが……エミリアの反応が心配になる。


 そんなことをカイルが考えていると再び扉が開かれヤオライが一人の女性を連れて出てくる。

 一歩ずつゆっくりとステップを下りてくる彼女は透き通るような白い肌に目にかかりそうな美しく明るい金色の髪、たれ目がちな瞳は深い藍色。まだ少女と言っても差し障りなさそうな風体にハの字に下げられた眉のお蔭でより頼りなげに見えた。

 そして地面に降り立とうとして、最後の最後で「あっ」というつぶやきとともにつまづいてしまう。

 皆が時を止めるなかカイルが一歩前に出て転げる寸前で抱き止める。その身体はとても華奢で重さを感じずうっかりすれば壊してしまいそうな錯覚に襲われる。


「あ、ご……す、すみません」


 どちらとも取れる謝辞を述べるその声はか細く頼りない雰囲気を更に増す。

 ヤオライが自己紹介をするように耳打ちで促すと再び謝辞を述べ腰まで折る。


「ひゃ、はじめ、まして。私はキャレ……うう。カレンと申します。これから短い間ですが、けーごをよろしくお願いします」

「はい、私はカイル、そちらのあなたと同じような金髪を緩く編んでるのがエミリアで、もう一人のオレンジの髪をしたのがマリィと申します。こちらこそ短い間ですがよろしくお願いします」


 緊張のためか詰まり詰まりの紹介にか、また自分の名前まで噛んでしまったからか顔を真っ赤にして俯く彼女は消え入りそうな声でかろうじて「はい」とカイル に答える。


「お、お嬢様はそれはそれは大事に育てられ、なかなか殿方とお話しされるのに慣れていないのです」


 ヤオライがフォローを入れるがカレンは恐縮して更に縮こまってしまった。

 カイルが思い出したように「あれはまだあるかな」とエミリアに声をかけるとエミリアも直ぐに合点がいったらしくポーチの一つから小さな紙袋を取り出す。

 受け取ったカイルが手袋を脱ぎ口を留めてあるリボンを解いて中身を一つカレンへ差し出した。


「先日ウライザに寄ったときに買ったもので、甘く味付けしたビスケットになんでも紅花葉(べにかよう)という多肉植物を煮詰めたこれまた甘いジャムを乗せたものです」


 彼女は一度ヤオライを伺ったあと受け取り礼を述べ一口含む。


「……あ、甘くてすごく美味しいです!」

「それはよかった。よろしければこちらも」


 そう言って紙袋ごと差し出すのを受け取ろうと手を出しかけて再びヤオライを伺いひっこめる。


「カイル殿、そういった菓子はそれなりに値が張るのではございませんか? 助けていただき護衛まで引き受けいただいて、その上そのようなものをいただくのは流石に気が引けようものなのですが」

「ああ、これは気が回らず失礼。しかしこれはうちの連れが乗せられて多量に買い込んでしまったもので……まあ少々持て余し気味なのものを押し付けるようで申し訳ないのですが、受け取ってもらえるとそれはそれで助かるのです」


 そういうことならとヤオライの許可が下りて嬉しそうにカレンが受け取る。


「緊張した顔よりそちらの方が何倍も素晴らしい。直ぐに心を許すのも難しいでしょうが、警護する側とされる側はある程度打ち解けた方がやり易いもの。我々を友人とでも思ってやってください」


 それに小さく「はい」と答える彼女は頬を染めてはいたが、俯くことはもうしなかった。


「さて、それでは私は一旦マリィとヴィークルを取りに戻ってきます。エミリアとゴーレムを数体置いて行きますので安心ください」


 それを聞いてエミリアが人差し指ほどの六角柱の細かい紋様の彫られた魔石を数本取り出す。


「だ、大丈夫なのですか? ……その、彼女は魔力を制御できていなかったようなのだが」


 イエテルの不安も尤もだとカイルが肯定して、ゴーレムの展開自体はカイルがおこなう旨を伝える。また展開には彼女の血を一滴ずつ使うのでカイルだけでなくエミリアにも使役が可能なのだと話すとイエテルもヤオライも取り敢えずは納得する。


 用意したゴーレムはインスタントファミリアの一種で鳥型のそれとは違いあまり遠方まではやれないが、その代わり攻撃力と耐久力に関しては優れている。大きな魔力を注げば細かく複雑な判断も自立して可能であるし、制限して単調な動きしかできなくとも縦横に大人の男性二人分ほどもあるそれは威圧感があり小物相手には十分成果を見込める。

 今回展開させたのはある程度の自己判断が可能なくらいに魔力を注いだ八体で、残ったヴィークルを中心に配置して警戒に当たらせる。さすがにコーマック一味の襲撃はないだろうが、この街道は元々賊の多い場所なのでこれでもエミリア一人に任せるのは不安が残るもののイエテルらとの連携を考慮に入れ十分と判断した。


「さて、取り敢えずこれで少々離れても問題はないでしょう。マリィ、それじゃ行こうか」

「にゃ? ご主人も行くにゃ?」

「いや、私が行かないと結界の解除ができないでしょ」


 急に話を振られたマリィがすっとんきょうな声を上げる。たしかにヴィークルを回収して合流するだけならマリィだけでも可能ではあるのだが、現在張られている結界には不可視化の結界もあるのでそのまま放置するわけにもいかない。そうなると一行でそれを解除できるのはカイルだけなので同行は必然となる。

 またマリィの心配はこれからヴィークルまで走って行くにしてもマリィの足でも片道十分以上はかかる。さらに帰りはヴィークルでとなると最終的には四十分から一時間はかかるため、もしカイルらが離れるのを期待して監視されていたとしたらいくらゴーレムとイエテルらだけで防衛するにも難しいと感じているのだ。


「ああ、そういうことなら大丈夫だろう。取り敢えず君を届けて結界を解除さえできれば私は戻ってくるつもりだし、それなら私が離れる時間自体は十分ほどだろう」

「は? 何言ってるにゃ。マリィの足でも片道十分はかかるのに、いくらご主人が能力隠してたからって――」

「まあ地面を走る分にはそうかもしれないけど、空を跳べば一気に行けるから……ああ、この時間も惜しいな」

「んにゃ」


 「あとは頼んだよ」とエミリアに声をかけ、カイルがマリィの後ろに回り込む。そのままマリィの肩に片腕を添え、逆の腕で膝裏を掬い上げ横抱きにする。


「ちょっ、なにするにゅああぁぁ――!」



「……あの子でもやっぱり悲鳴を上げるのね」


 二人を見送ったエミリアのつぶやきが漏れた。

2016年12月27日 通貨単位変更

2017年01月07日 誤字修正

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