襲撃
それは突然だった。
第四車両の前部が唐突に爆発を起こしコントロールを失い、それを避けるために第五車両が大きく舵を切り道からそれ停車してしまう。
どこからともなく現れた賊供が炎上する第四車両に群がるのを確認するまでもなく、明らかに不自然な爆発を賊の襲撃と見做し警護隊本隊を含む無事な者はマニュアル通りに速度を上げ走り去る。
残った殿を走っていた警護隊副長であるイエテルと第五車両を警護していた四人は直ぐ様停車した第五車両の側面大扉に集まり背負っていた盾で壁を作りながら扉の内側に向かい商隊の隊長でもあるヤオライに防護装置の起動を指示する。それさえ作動すれば見た目重視で付けられたこの木製の大扉を守るだけであとは全てシャッターが降り、車両全体に魔術が発動し、少人数でも守ることができる。
ただ、手練れの隊員とはいえ二十人近くいる賊を相手にたった五人で作った壁がどれほど持つかは目に見えている。
炎上する車両を物色するのに飽きた賊供が少しずつ壁を囲みだし、不用意に近付く幾人かを盾の隙間から剣で刺し殺したが相手も馬鹿ではなく直ぐに距離を取って牽制しながらこちらの疲労を誘い出す。
そんなことを繰り返し相手の数も十人程まで減らしたがこちらも少ない手勢の内二人が壁の内側に匿わねばならなくなり最早盾の壁はいつ破られてもおかしくない状態まで追い込まれてしまう。
これまでの動きからも無理をすればなんとかできそうなほど素人に毛が生えたような賊だが、本当にこれだけしかいないという確証を持てない以上はおいそれと打って出ることはできず膠着状態となっていた。
「女神の祝福にゃっ!」
にやつく賊を睨みながら賭けに出ようかと盾の内側にで無言で視線を交わしているところに女性の大音声とともに淡い光に包まれる小さな筒が賊と盾の間に放り込まれる。
それだけで察することのできた警護隊の者達が盾に身を隠した直後辺りを閃光が包む。
わけがわからず閃光をまともに受けた賊は皆一様に視力を失い呻いていたが一人また一人とカエルを潰したような悲鳴とともに静まっていく。
「もう大丈夫にゃ。辺りにはもう彼奴らは見えないにゃ」
その言葉に盾を下げると先程まで腹立たしい笑みを浮かべていた賊は全員倒れ伏していた。
「殺ったのか?」
「まさか、そんなことしたらマリィがエミリアに殺されるにゃ」
とんでもないと身震いしながら応えるのは先程道端にヴィークルを停めていた一行の御守りをくれてやった獣人の少女だった。
「しかしそなたは強かったのだな。御守りなど大きなお世話だったな」
乾いた笑いを漏らしながら声を掛けると貰った恩があるからこそ駆け付けたと御守りをプラプラと振りながら答える姿はとても賊を一掃したとは思えないほど普通の少女だった。
改めて礼を言おうと前に出ようとしたところ鼻をひくつかせながら手を前に出して制してくる。どうしたのかと尋ねると眉間に皺を寄せながら彼女が答える。
「なんかおかしいにゃ。もう見えないのになんかいるよう――下がるにゃっ!」
そう言いながらマリィもひらりと飛び退くと先程まで彼女のいた場所を何かが穿つ。
「火薬の匂いはしないにゃ……でもまるで――っ!」
さらにひらりひらりと何者かの攻撃を避けながら辺りを窺うが辺りには誰も認められない。
『一発ずつ撃って当たらんのなら纏めて撃てっ! 殺しさえしなけりゃ俺が治してやるから遠慮するな!』
どこからともなく男の声が響き渡る。それはあらゆる方向から出されているようで発生源が全く掴めない。
『少々馬鹿力だが亜人のメスでもそれなりの金になる。しっかり狩れ』
その言葉を受け先程の攻撃があらゆる方向からマリィを一斉に襲うが難なく避けて見せる。イエテルらも盾に身を隠しながら辺りを探るが敵を確認できず何もできない。
暫くそれが続いたあと「ぶにゃっ」という声とともに唐突にマリィが脚を取られ転んでしまう。
それは地面に伏して気配を隠していたらしい新手の銀糸の外套を頭から被った賊だった。誰もその瞬間まで認識してなく、唐突に現れた賊は更に増えた。
あっという間にマリィは両手両足をそれぞれ一人ずつ、胴を二人で押さえ付けられる。
イエテルらが助けに出ようとしても先程の目に見えぬ攻撃で牽制を受けて身動きが取れない。
「ちょっ! 変なとこ触んにゃ!」
『暴れるなら四肢の筋を切ってしまえ。調教なんぞ後からいくらでもできる』
「ちょっと待つにゃ。痛くしたのはちゃんと謝るにゃ。だからもうちょっと穏便にするにゃ」
更に手入れの不充分なナイフを持った賊が姿を現しマリィに近寄って行くのを必死にもがいて逃れようとするが完全に抑え込まれてしまっているためびくともしない。
「この卑怯者っ! か弱い女の子相手にそれでも男かにゃ!?」
「動くなこのガキ」
「そっちもっと力入れろ!」
身動きが取れずやけくそに罵倒し暴れようとするが賊は当然聞く耳など持たない。
――パンッ、パンッ、パンッ――
マリィの罵倒や賊の怒鳴り声に負けない音量で手を三度打ち鳴らす音が辺りに響き皆の動きが止まる。
「主人の指示も聞かない跳ねっ返りだけど、それはうちの可愛い従者でね。勝手に売り飛ばすのは勘弁してもらえないだろうか?」
若干青ざめた美女を連れた男がいつの間にか現れ笑顔で声を掛けるが、場違いな調子に賊も呆気に取られている。マリィと一緒にいた男なのはイエテルにもわかったが余りにも場違いに微笑んでいるのでイエテルらも同じように呆けてしまう。
「……ふむ。意訳してやると、さっさとその娘を解放しろと言ってるん――だっ!」
男が軽く手を払うとマリィに伸しかかっている賊が突風に煽られた木葉の如く呆気なく吹き飛ぶ。
『なにをしている!奴を撃てっ!』
先程の声が指示を出すのと同時に男が左手をそっと上げると男の目の前に光の幕が現れ数ヵ所で小さな渦が生まれる。
「なるほど。弾丸にまで不可視の魔法とは手の込んだことをする。まさかこんなので私を殺せるなどと思ってなんかないよな? そこにいるのはわかっているんだ。コーマック、いい加減姿を隠すのは止めないか」
光の幕を消すと渦に捕らわれていた弾丸がパラパラと地面に音を立てて落ちる。
もう一度手を払うと先程と同じように銀糸の外套に身を包んだ賊が吹き飛ぶ。彼等は皆小銃のようなものを抱えていた。
賊は直前まで見えていなかったがどうやら弧を描くようにこちらを半ば包囲していたらしい。
そしてその後方には銀糸の外套をはためかせながらも腕を組んでこちらを睨んでいる男が立っていた。
「久しぶりだな。できればこういう会い方はしたくなかったんだが」
「……こちらもですよ、副長どの。まさかこんなとこで会うとはな」
にこやかに言うカイルに苦虫を噛み潰したように表情を歪めた男――盗賊コーマックが不機嫌そうに答えた。
2016年10月22日 誤字修正




