不審者
コツコツとノックをしたあと「私だ」とエイダが声を掛けると中から「ちょ、ちょっと待ってください」と慌てた返事が返ってくる。
構わず扉を開けると普段はカイルが着いている執務用の椅子を窓際から戻しているエミルがばつの悪そうな顔で迎えた。
「随分と暇そうだな。仕分けは済んだのか?」
「はい。今回の旅行のことは関係各所に連絡済みなので、お手紙そのものがほとんど届いてないんで直ぐに終わってしまいまして……」
家事など大概のことは普段から他の通いのメイドが行っており、エミリアやエミルはカイルの傍に仕えていることが殆どなので、カイル不在の今はその仕事も殆どない。午前と午後に館内を巡り他のメイドがキチンと仕事をしているか監督する以外はカイル宛の手紙を旅行中のカイルに転送するような緊急のものかどうかを分けたり、屋敷のそれぞれの担当者からの報告書に目を通すくらいのものだった。
それもエミルにとって3年間もエミリアの指導の下続けてきたことでそれほど難しいものでもなく、またエミルの言う通り手紙の量自体が少ないのであっという間に片付けてしまっていた。
「まあこっちが暇なのはいいさ――ふむ、ちゃんとできてるな」
エイダが仕分けられた書類を念のため1枚ずつ確認する。
「それで、メイド長代理殿は暇をもて余して窓辺で転た寝か?」
「い、いえ、そうじゃないです! ちゃんと起きてました」
「ふうん」と生返事をしながら先程までエミルがいた窓の傍まで移動して「ああ」と気付く。
そこからは屋敷の正門が見ることができ、その傍に立つ人影が確認できた。
「今日も来てるのか」
「はい。いつも通りの時間に来られて、いつも通りにああやって立たれてます」
「で、エサは与えてないだろうな」
「はい。エイダ様の申し付け通りにしています」
それを聞いてエイダは満足し窓辺を離れ応接用のソファに腰を下ろす。
「リアナたちも遠巻きに監視はしていてくれているし、アレは放っておいて問題ないだろう」
カイル達の出発した翌日に訪れたその戦士はカイルに仕えるために遥々アヴァロニア北部から来たと言う。カイルは命の恩人でありその恩を返すために来たそうだが生憎暫くは留守だと伝えると一旦去ったものの再び訪れて帰るまで門前で待たせてもらうと言い出し聞かなかったのだ。最終的にはエイダとマリィに代わり警備を仕切っているリアナによって昼間だけならという条件でああやって門前に留まることを許された。
グラハムの話によるとわざわざタルムの宿屋に部屋を借りて通っているらしいとのことだ。
同じくグラハムの情報によると最近柄の悪い者がタルムに現れているらしくあの戦士が睨みを効かせている内は屋敷にも寄り付かないので丁度いいだろうとはエイダとリアナの話だ。
リアナはカイルとは旧知の仲でエミルより少し遅れてマリィの補佐として雇われた黒髪に黒い瞳で長身の女性ハンターで、今は前述の通り屋敷に泊まり込みでマリィに代わり警備を仕切っている。エミリアの方針でメイド服を着させられているがそれなりの腕で他の娘たちよりも破格の値で雇われていて、普段は通いの者のタルムからの通勤も護衛している。マリィを除けば屋敷でカイルに砕けた物言いをできる数少ない人物だ。
「でもあれではあの方もお屋敷の警備をしているようなものなのにこのままでよろしいのでしょうか?」
身長そのものはエミルより少し高い程度で小柄なのだが、顔も整い物言いも非常にしっかりしているので無理にカイルに仕えることを考えなくても十分立派な家に仕えることもできそうなのに結果的に無償で使っていることをエミルは気にしていた。
「アレが勝手にやっているのだ。わざわざこちらが気にすることもないだろう。嫌ならとっとと何処へなりと行けば良い――ん?」
そこまで話して窓から上空で弧を描いて飛んでいる鳥に気付く。エイダが再び窓辺まで行き開いてやるとその鳥が飛び込んでくる。淡い緑色のその鳥はエミリアから送られたインスタントファミリアだった。
「あちらからとは珍しいな」
「グラハム様への返書でしょうか?」
一昨日の夕方にグラハムから急ぎで届けて欲しいと預かった封書を送ったのだがそれが届いて返事を出すには速すぎる。あちらからとは違いこちらからは相手を探させないといけないので尚更だった。つまりは行き違いで出されたものだろうことをエミルに伝える。
「で、では何かあったのでしょうか?」
鳥の胸に手を突っ込んで運ばれてきた封筒を取り出そうとするエイダにカイル達の使っている道が盗賊の多い道というのを出発前に聞かされていたエミルが心配そうに尋ねる。
封筒から取り出した手紙を無言で暫く読んでいたエイダが小さく舌打ちをするのを聞いてエミルは更に不安を募らせる。「あの……」とおずおずと声をかけるが頭を乱暴に掻いて自然に任せるままに垂らした長い黒髪を揺らすエイダからは返事がなく、堪らずもう一度声をかけようとしたところで漸くエイダが口を開く。
「一昨日の朝に無事国境を越えたそうだ。あと確認しておくが、門のところのは名前をキースと名乗ったんだったか?」
「はい、セリカがそのように」
「身分証なんかは確認したと言っていたか?」
少し考えて首を傾げながらそういう報告は確認していないと答えると再びエイダが舌打ちをする。
手紙にはリースというカイルの友人が訪ねてくるかもしれないので丁重にもてなすようにとの指示が書いてあった。
「取り敢えず確認せねばな。アレがキースなら放っておけば良いが、リースならもう少し大事にせねばなるまい」
「では客室を?」
「いや、取り敢えず応接室にでも通して昼間はそこに置いとけば良い。夕方にはタルムの宿屋に帰ってもらう」
屋敷の客室は臨時で雇っている警備に使わせているものを除いても十分空きはあるので不思議そうにしていると「エミリアの意向だ」と溜め息混じりに説明する。
「後で私が確認しておくからアレがリースならお前は今晩リアナらと一旦タルムへ行って宿の支払いを……そうだな、取り敢えず一月分ほど済ませて来い」
エミリアとしてはマリィ不在で警備の手薄なこの時期にカイルの友人でも外の者をあまり入れたくないとのことだった。しかしそれではタルムに手続きの護衛にリアナまで屋敷を離れることを心配するエミルに「その程度の時間なら私の結界で十分守れる」と面倒臭そうに答える。
「面倒だがこれから確認してくるからお前はリアナに先程のことを伝えておいてくれ……ったく、エミリアがいなくて楽ができると思ったのに」
そんなことを言いつつポケットから取り出した結い紐で軽く髪をまとめエイダが出ていく。エミルもエイダを見送ってから執務室の施錠をしリアナを探しに部屋を出ていった。
2016年10月08日 誤字修正




