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はい、マイマスター  作者: Archangel
メイド購入旅行2~旧友~
10/22

旧友

 アロッサの食堂は大半が夜は酒場として営業している。表通りには何軒もそういった店が並び夜は夜で別の賑わいを見せていた。

 この町をを通過する南部横断道を使うのは主にキャラバンである。横断道自体は別に制限はないのだが、そこを通るキャラバンを狙う盗賊もそれなりの規模で動くのでそれを避けるためにこの道は独り旅や小数の構成で使われることが少ない。因ってこの町に滞在する旅人も基本的には大所帯の一団になるためコラルや町の周辺で荷物の警備も兼ねて纏まって野営する者が殆どで規模の割りには宿屋は少ない。


 そんなアロッサの酒場の1つにカイル達はいた。

 吹き抜けの2階席は下の階よりは少し静かで、またテーブルとテーブルの間に成人男性くらいの高さの衝立があり半個室状態になっているため席の数は制限されるが落ち着いて酒や食事が取れるようになっている。

 その一番奥の丸テーブルにカイル、エミリア、マリィ、ハリーの順で席に着いていた。

 屋敷や身内だけの席なら最近は抵抗なく一緒の席に着いていたがハリーのような他人のいる席で並んで座るのにエミリアが少し抵抗したがそれもなんとか説得して着かせることができた。


「なあ、久々の再会でなんだが、この席順はなんとかならんのか?」


 ハリーがカイルに寄ってひそひそと文句を言う。


「折角お前が美人連れてるって聞いてたのに俺の隣は野郎のお前とチビスケの猫娘とか。せめてそっちの美人さんのがいいんだが」

「お前はエミリアによく思われてないんだから仕方ないだろ」

「……ああ、その俺を嫌ってる美人さんが俺のことを正面から睨んでんだが。どうせ睨まれるにも横目なら流し目と思い込めるんだが……」


 実際はまだまだ可愛い方なんだがハリーには言わない方が良いだろうと判断する。ハリーと同席するなら自分は残るとまで言っていたのだから席に着かせただけでもハリーには誉めて欲しいくらいだった。


「マリィはチビスケじゃないにゃ。立派な大人の女にゃ」

「そうか? 俺には――てえっ!」


 どうやらテーブルの下で足を踏まれたらしい。


「てめえのとこのメイドはなんでこんな凶暴なんだよ」

「いや、もっと大人しいのもいるけど……まあ今のは流石にお前が悪い」


 カイルとしてはそもそも最初が最悪の印象だったのだから仕方ないだろうとは思う。確かに親友同士のじゃれ合いには違いないのだが、取り締まる立場のハリーが言った冗談だったのが特に悪かった。


「いや、ありゃあいつものことだろ?」

「私達にはいつものことでも彼女らにはそうじゃないし、お前も自分の上司が冗談でもいきなり犯罪者扱いとか良い気はしないだろ」


 「まあな」と渋々だがなんとか納得した素振りを見せる。「だが丸っきり冗談てわけでもないんだぞ」と続けたことで二人にも聞こえていたらしく席に一瞬不穏な空気が落ちる。


「その美人さんが若過ぎんだよ。書類じゃ五十前とかなってんのに『まだ三十前ですキャピッ』でも通じるからな」

「『キャピッ』ってなんだよ」

「なんとなくだ。なんとなく」


 なんでも昼間相手をしていた若い隊員が直ぐにカイル達のことをギルドに問い質してパーティの内容を聞き出したがどう見てもエミリアの外見年齢と合わないと言い出したらしい。


「お前には悪いと思ったがそれを調べてお前の身の潔白を証明したんだぞ。少しは感謝もして欲しいんだがな」


 わざわざ自腹でコストの高い魔術による通信まで使って首都のアルトリアに問い合わせをしてくれたらしい。


 先ずはエミリアがカイルの奴隷であることを調べ、バモスから引き継いだこと、そしてバモスの元に登録されてから約三十年経過していること。それでも納得しないのでハンターズギルドが保管している古いエーテル泉防衛戦の記録画像まで取り寄せたとか。

 エーテル泉防衛戦とはエルトマルトのエーテルの泉を掛けたイベントのようなものでバモスが独占することに抗議が出たことを発端にハンターズギルド主催で始めたものだ。

 ギルドは依頼以外での別組織との協力には消極的なのでそれを半日も掛けずに引き出せた辺りに感心する。「ここのギルドマスターとはちょっとした飲み仲間でな」とはハリーの言だがそれでもなかなかに珍しい。


「んで、二つくらいかな、そのくらい前の分にも写っててお前に対する容疑は晴れました、と」


 ただそれを聞いてエミリアは感謝よりも昼間の隊員に対する不信感が増しただけでなにやら「人を外見で判断するなど」とブツブツ言っている。


「まあ、それには感謝するよ。それはともかくわざわざこんな席を取った理由を聞かせてくれないか?」

「ともかくってなんだよ。落ち着いて飲めるのに文句あんのかよ」


 そう、本来なら旧友との久々の席であるし周りを気にせず飲めるに越したことはないのだが、ハリーは元来その辺に頓着しない。それを問い質すとやはり理由はあったらしい。


「いやよ、リースの奴は元気にしてるか聞きたくてよ。あいつ退役してから音沙汰ねえから心配でよ」


 その質問に応えたのはカイルではなく料理を口に詰め込んだマリイだった。


「リースって誰にゃ?」

「あ? いや、俺とカイルの後輩で、カイルに助けられて憧れて、わざわざ親のヨルデ公の反対押しきって入隊してきた馬鹿だよ」


 たまたまカイルがヨルデ公領での任務で助けただけだったのだが、それに感動されてしまったらしく追いかけてきてしまったのだ。


「そんなのどうでもいいにゃ。その『ヨルデ公のお子様』のことをなんでご主人に聞くのかって聞いてるにゃ」

「は?」

「リースには送別会とか言って前にお前らと一緒に飲んで以来会ってないぞ。軍を辞めたっていつの話だ?」

「いや、もう一年近く前なんだが……漸く幹部候補試験に合格したのにお前がいないとか言うからさ、とっくに辞めてるって教えたらお前に仕えるとか言って半ば勘当状態で飛び出したらしいんだ」


 カイルはどう記憶を引っ掻き回してもリースが訪ねて来たという覚えはない。エミリアに視線で問いかけるがエミリアも記憶にないようだ。


「――そうか、まあもしかしたら親父に取っ捕まって屋敷に閉じ込められてるだけかもしれんな」

「それならいいんだがな……」


 アヴァロニアも治安が良いとはいえ盗賊の類いが皆無な訳ではない。もしや道中で襲われてしまったのではと二人で心配しだす。


「てか、軍の幹候試験に通ったのがそんなにあっさりやられるなんてないにゃ。どうせご主人にする辞めた言い訳が思い付かずにふらふらしてるだけにゃ。それかマリィみたいな美女に囲まれてヘラヘラしてるご主人見て愛想尽かせて帰っただけにゃ」


 後半納得いかないことが交ざっていたようだが、潔癖なところもあるリースの性格ならなくもなさそうだと二人で半ば無理矢理納得する。


「しかしお前にくらいは連絡しても良かろうとは思うんだが、全然か?」

「ま――ったく。部下だったとはいえこれでも弟みたいなつもりで色々連れ歩いてやったつもりだったんだがな」

「いっそ貴方のような方と離れてせいせいされておられるのではありませんか?」


 落ち込むハリーにエミリアの止めが決まったらしくテーブルに突っ伏してしまう。酒が入って感情の起伏が激しくなっているらしく泣き言まで言い出している。挙げ句ハンターを雇って捜索をとか言い出すので宥めるのに苦労した。

 マリィの言うように若いとはいえ確かに幹部候補にまで採用されたのだから早々に殺られたりもないだろうし、そうなれば古くは一国の王家でもあった貴族ヨルデ公の血筋なのだから大々的に騒ぎになっていても不思議ではないとなんとか言って聞かす。


「そうそう、これからどうするんだ? ローザに行くっつっても俺に会うためにわざわざこっち使ったわけじゃないんだろ」


 気を取り直したハリーが言っているのはこういう少人数の旅では盗賊の少ない大陸の外周を回る大陸周遊道を使うのが普通で、そうなるとアロッサに寄るのは遠回りになる。

 旅の目的がメイドを買うためのものとハリーも先程話して知っているので行きは横断道で手っ取り早くローザに行って帰りは周遊道を使って変えることを伝える。


「そうか、なら気を付けた方が良いぞ。最近はどうもやっかいな盗賊団がいるらしくてな、更に危なくなってるるしい」

「そうなのか?」

「お蔭でキャラバンの護衛がアホみたいに重装備で入国しようとしたりで大変なんだ。チビ――じゃなくてマリィはそれなりにできるようだが、せめて美人さんには護身用になんか持たせた方が良いぞ。ライセンスがないから武器はむりだが使い捨てのカード型の魔導器なら取り扱いも楽だから良いんじゃねえか」


 ハリーの言うカード型の魔導器はハンターライセンスのようなものではなく紙のカードに術式を書き込んだ簡単なもので、纏めてポーチに入れても大した大きさにならないので護身用として重宝されている。

 エミリアは隷属の契約があるからカイルを殺しでもしなければ連れ去っても意味がないしマリィもいるからと安心していたが、どうもその契約を解除させることができる程の魔術が使える者が盗賊の頭にいるらしい。


「お前なら知ってるかもだが元聖騎士のコーマックって野郎でな、これがまた強いらしい。ロズエリアのお姫さんも流石に手を焼いてるらしくギルドに手配書を出したらしいぞ」


 それを聞いて昼間ギルドで受け取ったばかりの手配書を纏めた手帳を取り出し捲っていくと確かに懐かしい顔があった。


「ああ、間違いない。私の元同僚だ」

「何番隊だったんだ?」

「私と同じ予備隊だ。少々感情の起伏に難ありだが魔術系に強い農民出の奴だったんだが……能力も伸び悩んでいるところに実家が苦しくなったとかで私より少し前に辞めていった」

「予備隊かぁ。じゃあ強さの目安になんねえな。まあ農民出なら納得かな」


 その言い分に納得しかねていると気付いたらしくハリーが説明する。


「今は減衰期とはいえ本来ならそろそろ抜けるはずが未だにその気配がねえんだよ。お蔭で特に貧しい層の農民の多くが盗賊になってロズエリアに流れちまってるんだ」


 この世界には約百年毎に減衰期というのが訪れる。魔王統治以前の減衰期には多くの命が失われていたが、新式魔術の技術は農業にも使われ人工的に土や水を活性化したり、日を当てたりとできるようになりそういった食品が出回るようにもなったので全体としては随分と楽にはなっている。

 しかしより下位の層ではそれなりの投資が必要なため未だ自然だよりなのが現実で、子がいればある程度までは各国の補償で育てられるが結局養いきれず売られたり殺されたりする。子のない農家は最終的に自分達を養うことができず盗賊になるというのは大昔から繰り返されてきたことだった。

 聖王が奴隷制度を廃止できなかったのも結局はそれを無くせば形はどうあれそれでなんとか持ち直すことができた者達まで盗賊になったり子殺しが増えることを恐れてのことだった。


「……できればこういう再会はしたくないもんなんだがな」

「まあそれには同情するさ。そいつは運がなかったんだ。てめえみてえに良いとこの後継者になるなんて話はそうそう転がってこないさ」

「そうだな」


 溜め息混じりのカイルの肩を叩きながらハリーが慰める。そして少し場がしんみりしてしまったのを打ち払うようにハリーが手を打ち「そうそう」とテーブルの下から箱を取り出す。


「ちょっと話を戻すんだが聞いてた話だとエミリア嬢は色々と道具を持ち歩いているようだが、その中にさっきも言ったような魔導器の類いは持ってるのか?」

「家事に使うようなものであれば幾つかありますが……」

「じゃあ、エルフの血に任せて魔法が得意とか?」

「いえ、そもそも耳を見ていただいたら分かるように顕著なところは最早受け継いでおりません。精々魔力によるこの外見の若さくらいで実際に魔法を行使できるのはやはり家事でできれば便利なものくらいです」


 それを聞いて「それならこれも無駄にはならないな」とハリーが笑いながら先程出した箱をエミリアの方に押し出す。


「まあ餞別みたいなもんだ。使ってもらえないか? あんたが受け取れないってんならカイルへの餞別だ。どうだ、カイル。」


 カイルが頷いてエミリアに受け取るように促し、流石にエミリアも従う。

 果たして箱の中身は革製の四角いポーチと先程話に出ていたカード型の魔導器であった。


「一応ケースは専用のもので段付きの五層構造。入っているのは四元の基本的な魔術と汎用回復魔術の魔導紙が十枚ずつの計五十枚。それぞれ流し込む基本魔術で効果をある程度制御できる乙種魔導紙だ。それと予備のブランクの魔導紙が百枚。こっちは必要に応じてカイルに魔術を込めてもらってくれ」


 一気に説明する。どうやらカイル達を訪ねたのが遅くなったのはこれを調達してたのも理由にありそうだ。


「……しかし、私の――」

「――ような奴隷がこのようなものをとか言うなよ。あんたはカイルの家族だろ? 親友の家族にただ贈り物をするだけだ」


 エミリアが言い掛けたことをハリーは素早く遮りエミリアが答えられずに黙り込む。


「エミリア、受け取ったらどうかな? もしかしてなにかあるとか思ってる?」

「ちょ、そこまで信用ないのかよ」

「そんなことはありません。……これは、喜んでいただきます」


 テーブルの上の箱を手元に引き寄せエミリアが頭を下げる。


「ただ、こういうことは初めてなもので……」


 「ありがとうございます」と微笑みながらハリーに礼を言うエミリアを見てハリーもカイルも満足して笑い返す。

 そして皆にこやかに食事に――


「ちょっと待つにゃ!」


――戻ろうとしたのをマリィが止める。


「なんだ猫娘。いい感じにまとまったとこでなんか文句あんのか?」

「有るにゃ。大有りにゃ。マリィへの贈り物がにゃいなんておかしいにゃ?」

「いや、お前は魔術とかって感じじゃないだろ」


 机を叩いて抗議するマリィにハリーが困ったように言う。


「でもなんか欲しいにゃ。マリィもご主人の家族にゃ!」


 横目でハリーに睨まれカイルが肩を竦めるのを見ていつものことなのだろうと理解する。

 だからと言って元々エミリアに護身用にと渡すことしか考えてなかったので何もない。悩んで悩んだ末にごそごそと出したのは革製の手袋だった。


「これでもいいか? 俺の予備のなんだが新品だ。うちで制式採用も考えてるもんで薄くて柔らかいのに結構丈夫なんだよ。甲の部分には細い金属板が並んで仕込んであって自然に動かせる上にそれなりの防御力まで備えてる代物……なんだがどうだ?」


 マリィは暫く手袋を見つめたあと徐に履いて手を開いたり閉じたりしだす。


「たしかに使いやすいからなんか安上がりっぽいのは目を瞑るにゃ」


 どうやら言葉よりも気に入っているらしく手袋に包まれた自分の拳を色々な角度から眺めている。


「ご主人! 今から手合わせにゃ!」


 目を輝かせながらそんなことを言い出したところに「いい加減にしなさい」とエミリアのカミナリが落ちた。

2016年10月03日 誤字修正

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