わかっています
その日お父さんはお別れのときまで目を合わせてはくれませんでした。そのときにはとうとう我慢が効かなくなっておんおん泣いて謝ってくれました。お姉さんは哀しそうな目で最期まで優しくしてくれました。いつも優しかったけど、それはもう、私が生きてきた18年で1番優しいお姉さんでした。2人の弟たちは最期まで泣いてくれました。強がりな上の弟も、泣き虫な下の弟も、とうとう涙が出なくなるまで。
わかっています。みんなつらいんです。
お父さんとお姉さん、それに幼い弟たち家族5人で話し合ったのはもう数週間も前。それはもう仕方のないこと。私のお友達の何人かとも同じようなお別れをしました。
わかっています。それは仕方ないことなんです。
特別広い農地を持っているわけでもなく、その日その日を食うのにも精一杯のような私達にはそれは特別なことではありません。しかも我が家はお母さんを数年前の冬に亡くしています。ただの風邪、されど風邪。隙間風や雨漏りばかりの家では一度拗らせてしまうとあっと言う間でした。それでも、人手が1人減ってしまいお父さん1人になっても、今までなんとか育ててくれたお父さんには感謝しています。嫁がせるにも2人分の綺麗な服を用意するなんて我が家の稼ぎでは無理でした。2人にボロより少しだけ良いものを着せるだけでもお父さんは精一杯頑張ってくれました。でも、それではいつまで経っても良い嫁ぎ先など探せません。
わかっています。1人でも良いお家に嫁げれば十分なんです。2人とも幸せになんて贅沢が過ぎます。
聖王様が魔王を討ってもう百年近くが過ぎました。世界の皆が幸せな時代になったと言います。たしかにそうなのかもしれません。学校て習っただけでもとても豊かになったのだと思います。
でも、貧困までは聖王様でもどうすることもできません。
わかっています。聖王様でも世界の多くの人達は救えても世界の隅々まで救えません。
せめて良いところへ引き取られるようにと故もわからぬ女衒ではなく、このような田舎にまで評判の届く都会にある商会に相談してくれたことは最後のお父さんのせめてもの思いやりです。
わかっています。お父さんもつらいんです。
そのキラキラと眩しい綺麗な服を着た商会からの使いの方は私の容姿を誉めてくれました。お母さん譲りの金色の髪と青い色の瞳に白い肌はそれだけでも価値があると言われました。多分前日にお姉さんがお勤め先に無理を言って用意してくれた一欠片の石鹸で磨いたお蔭だと思います。でも凹凸に乏しい私の身体は少しだけ残念だとも言われてしまいました。女衒であれば間違いなく値切られただろうと。
わかっています。貧しい我が家では生来のもの以外は望めません。病気にならない程度に食事を取れたことだけでも十分なことです。
これで、これで我が家の数年は大丈夫です。その間に頑張って、綺麗な服を買って、お姉さんが良いところに嫁げばあとはなんとかなります。そうこうしていたら弟たちもお父さんを助けられるようになるでしょう。
わかっています。これは仕方ないことなんです。家族みんなが一番幸せになれるだろう選択なんです。
わかっています。
わかっています。
これは仕方ないことなんです。
でも……
2016年008月03日 誤字修正