第2話
「もう少しちゃんと考えた資料を持ってきてよ」
「はい、わかりました。江島主任!」
(俺は課長の山本なんだが…)
山本課長は訂正することもなく、部下を席に返した。ヘッドマウントコンピューターを付けた部下が自分の話をどう聞いているのか、いつも疑問に思う。だが、とりあえず会話にはなるので、内容は伝わっているのだろう。先ほどの部下の中で、自分の設定は何だったか… 配属時に渡された設定表を開く。江島スバル。ある日常系4コマ漫画に出てくる美人上司らしい。
(おいおい、俺は50過ぎのおっさんだぜ)
漫画に疎い山本課長はこのキャラクターを知らないし、設定も一向に覚えられない。しかし、部下にとって自分はこのキャラクターに見えるし、話し方や声もこのキャラクターに変換されて伝わっているのだ。
ヘッドマウントコンピューターを活用した拡張現実によるコミュニケーション支援システム。政府が後押しし、多くの企業で導入されるようになったこのシステムの利用者は、山本課長の職場でも50%ほどだ。超高齢社会に突入し、労働人口不足が問題になったJ国で、働かない若者の存在は大きな課題となった。そこで研究の結果わかったのが、職場に理想の恋愛対象となるようなキャラクターがいれば仕事をしたいと考えている若者が少なくないということだ。モチベーションやコミュニケーションの問題で働いていなかった若者の多くが、ヘッドマウントコンピューターを装着することで戦力化された。
「これも時代の流れか…」
「二階堂さん、眉間に皺寄せると美人が台無しですよー?」
別の部下が自分に声をかける。山本課長は人格が引き裂かれるような感覚を覚えながら、大丈夫だと返した。