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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ハッピーエンド・エンディング

作者: 川瀬七海

読みやすいように行間を開けました。



ずいぶん前の物で稚拙さが目立ちますが、お時間があればどうぞ。


 ◇エンディング




 俺たちの戦いが終わって、ひと月が過ぎた。


 あの満月の夜に、俺たちは十三体目の……最後の魔物を倒した。


 小さいころから俺にあった不思議な力は、もう無くなってしまった。俺だけじゃなく、他のみんなのも。


 つまり、役目を終えたってことなんだろう。


 俺たちのあの力は、あの魔物たちを倒すために与えられたものだったんだ。

 予言された十三体の魔物を倒すために、この世界が俺たちにくれたものだったんだ。

 俺は、そう思うことにしている。


 庭に出た俺に、タロが声を上げる。

 それは「ワン」という犬の鳴き声だった。

 もうコイツが人の言葉をしゃべることはないんだろうけど、「昼まで寝てるんじゃねえ。さっさと散歩に連れてけよ」なんて、いつも通りの偉そうな口調が聞こえたような気がした。


「いってきます」


 タロを連れて門を出る。目の前で黒い髪束が揺れた。


「おはよ、コータ。あとタロ」


「……今日、日曜日だよな」


「いいじゃん。ほら行くよ? みんな待ってるんだから」


 目の前でゆれた黒いポニーテールが遠ざかる。

 いまだに、誰も魔物のことなんて知らない。誰も世界が危険だったことなんて知らない。そう、俺たち以外は。


「なんかさ、夢見てたみたいだよね」


 横に並ぶと、涼子は顔も向けずに言った。自然と俺も、涼子ではなく空を見上げて返す。


「夢じゃねえよ。どんだけ長い夢だ」


「そりゃあ、私だって昔から磁力使えたしさ、でも、それも含めて夢みたいっていうか……」


 いつもしていたように身体の前に右手をかざす涼子。

 だけど、いつものようにその手に鉄が吸いつけられて飛んでくるなんてことは、もうない。


「なんか、現実味がないんだよね」


「アホか」


 前に伸びた涼子の手を、左手でしっかりとにぎる。

 少しだけ照れくさいような、優しい温かさがした。


「……夢じゃねえよ」


「……うん!」


 はずんだ涼子の声がして、手がにぎり返される。

 俺は涼子の顔が見れない。今、向いたら、何てからかわれるか……。


 視界の先では、タロが犬とは思えないにやにやした顔をして、「ワン」と一声だけ鳴いた。


 俺たちは、歩いていく。みんなの待つ秘密基地へ。


 すべての始まりの場所へ、また、この二人と一匹で。


 あの時とは、少しだけ変わった関係で。




  ◇エンディングの続き




 マンガとかの物語なら、あれで完結。めでたしめでたし。と終わるんだろうけど、あいにくこれは人生で、むしろここからが本番だ。


 なにせ俺はまだ十六歳。高校生活だけ見ても、まだまだ先は長い。


 住宅街を抜けて駅に近づいていく。街並みは都会のそれに変わっていった。

 立ち並ぶビルやマンションの窓のひとつひとつに、人がいるんだ。そう考えると、不思議な気持ちになった。


 そして同時に、それを守ったという誇りと達成感がじわじわとこみ上げてくる。

 もうひと月は経つのに、不思議なもんだ。


「そういえば」


 ようやく手を繋いでる恥ずかしさが薄れてきたころ、涼子が口を開いた。視線の先にはタロ。


「タロ、もうしゃべらないし、火も出せないんだよね?」


「ああ、そうだ。なあ?」


 タロがうなずく。コイツの場合は、ただの犬に戻ったとも言いづらい。人間の言葉を完全にわかってやがる。


「こんな時間に散歩していいの?」


「え?」


 時計を見る。十時五十分ちょっと。何か変なことがあるだろうか。タロも首をかしげている。眉間にしわまで寄せて。……お前はホントに犬か?


「いや、犬とかって地面の熱に弱いから、アスファルトを昼に散歩するとダメって聞いたことが」


「え?」


 タロを見る。


 そういえばそうだ、と言わんばかりにこれ見よがしに熱がって日かげに行くと、その場で動かなくなってしまった。

 そして「ワン」と、ひと鳴き。


「……だっこしろって顔だね」


 どこまでも偉そうな犬だ。


 タロが片腕では持てない大きさなことを、今日よりうらめしく思ったことはなかった。

 お前に恋人――いや、恋犬ができたとき、絶対に邪魔してやるからな……。


 郵便局の角を曲がって、そのまま奥の橋へ。

 対岸には、遠くからも見えていたビルの群れが、にょきにょきと生えるように並んでいた。


「てゆうかさ」


 橋の上、右手でタロをなでる涼子に問いかける。


「今日集まって何すんの?」


「さあ?」


「さあってことはねえだろ……」


「だって知らないんだもん」


 言って涼子はタッと走り、川べりの柳の垂れ枝を右手ではたく。結んだ髪がぱさりとゆれて、きらきらと光って見えた。


 一方の俺はと言えば、腕の中で完全に脱力したタロが重くて疲れるのなんの。

 タロはタロで、こういう時ばっかり「自分、犬だから」みたいな顔してやがる。


 運ばれること自体、犬としては失格だと思う。


 ようやく橋を渡り終え、


「何の意味もなく、集まるのもいいか」


 学生だからな、と俺が言うと涼子はいたずらっぽく笑ってみせた。


「なんか親父くさい」


 ……思ったよりも、ダメージはでかい。




 土手を降りて草むらの中へ。木の陰にうまい具合に隠された、都会のすぐそこの大自然。昼はビルの影に入り夏でも涼しいそこが、俺たちの秘密基地だ。


「……ようやく来たか……光汰よ、待ちくたびれたぞ」


「やっほー。まだそんなに来てないけどね」


 出迎えてくれたのは、いつも通りカッコつけて眼鏡を触ってる高雅と、いつも通りの笑顔の太輔だった。


「おい。『みんな待ってる』んじゃねえのかよ」


「……みんなもういるかなーと思ったんだもん」


 ごめんね、と照れ笑いをする涼子。ちくしょう可愛いじゃねえか、許す。


「ねえ光汰くん、なんでタロ先生抱えてるの?」


「あ、ここもう道路じゃねえ!」


 気づかれたか、とでも言うように視線をそらすタロを太輔が抱きかかえた。


「そっか、もう火を使えてたころとは違うもんね。火傷しちゃうんだ」


「そう! コータ、私が言うまで気づかなかったんだよ?」


 涼子の反撃に同調して、タロが太輔の腕の中から「まったくだ」って顔で俺を見る。

 こいつ自身気づいてなかったくせに。

 そんなに太輔の前でカッコつけたいのかこいつは。


「ふん。我らの能力ならば……そう遠くない未来に再びこの手に宿るだろう。

 ……いや、お前らはそのままでいいのかもしれんな。もう一度あんな危険な戦いに身を投ずるのは……俺のような戦闘狂だけで充分だ。」


 もっとカッコつけてる奴がいた。

 高雅。……頼りになるヤツだとは思ってるし、助けられたことも一度じゃないけど、力を失って改めて聞くと、なんだか、言っちゃなんだけど。


「我が能力『真珠色の波動【パールズパルス】』で、いかなる敵からも護って魅せよう……お前たちの、この世界の、平穏なる未来を……な」


 ついに眼鏡をとった。言ってることはあの頃と変わらないのに、状況によってこんな風に聞こえるんだ。横を見ると、涼子も苦笑いを浮かべてる。


 だけど、あの頃はみんなこんな言葉を言ってたわけで。


 いや、ここまでアレじゃなかったけども。


 もう一度言えって言われたら……恥ずかしい。無理だな。


 苦笑いで高雅をやりすごしていると、ガサリと草むらをかき分ける音が響いた。


「次なる来訪者……いや『魂の兄弟【ソウルブラザー】』か。……どれ、俺が出迎えてやろう」


 高雅が眼鏡をつけると入口の方へ歩いていく。

 いつの間に太輔の腕から降りたのか、タロもその後をついて行き、カッコつけた顔で一度振り返り「ワン」と鳴くと去って行った。すぐ影響受けるんだからアイツは。


「誰が来たのかな?」


「いつも通りなら、そろそろさーちゃんが来そうだよね」


「ああ、玉置か。そうだな、あいつなら……」


 突然、何か大きな音がした。それは大きな音というか、まさに爆音って感じで、というか、そうだ。それは爆音だ。



 爆音。



 何かが、爆発する音。すぐ側で、とても大きな、何かが爆ぜる音。


 俺たちの反応は早かった。

 先月までの魔物との戦いで鍛えられていたから、全員がすぐに臨戦態勢をとった。


 涼子は右手を、俺は左手をすぐに使えるように構え、太輔は姿勢を低くして両手を押し合わせる。


 何が来ても即座に対応できる態勢。


 しかし俺たちは気づかなかった。魔物との戦いになれた俺たちは、魔物の気配を読み取ろうとした俺たちは、完全に不意をつかれてしまったんだ。








  ◇オープニング








 遠くから犬の鳴き声が聞こえた。わんわんと鳴くその声は、聞き覚えがあるような、どこか違うような、そんな声だった。


 身体を起こす。いつの間に寝てしまったのか、頭がずきりと痛んだ。


 身体を起こし、周りを見渡す。

 辺りは草むらにガレキ。俺たちの秘密基地の残骸。


 そうだ。爆音と共に、ガレキが空から降ってきたんだ。


 そして、そうやって降ってくるガレキを避けて、俺たちは……俺たちは? いったいどうしたんだ? そこから何があった?


 また、頭がずきりと痛む。――頭をぶつけた?

 そうだ。ガレキに頭をぶつけたんだ。一か月のブランクが無ければこんなガレキ全部避けてやったのに……降ってきたガレキから涼子を守ろうとして、それで俺が頭ぶつけたんだ。世話ねえや。


「涼子? 太輔、無事か?」


 ……返事がない。


 あいつら、もう戦ってるのか?

 そうだよな。こんな攻撃してくるなんて、ある程度知能のある魔物だ。

 それにビルを崩して攻撃だなんて、やつらなりふり構ってねえ。早く俺も加勢に行かねえと。


 痛む頭を抱えて立ち上がる。これはこぶになってるかもしれない。玉置が来たら治してもらおう。


 ふと見ると、近くの草むらに太輔の服が見えた。あいつもガレキかわしきれなかったのか? 太輔の熱の力なら、ガレキだろうが熔かせるだろうに。


 たどりついて服を持つ。服を持つと、熔けたような何かがこびりついていた。


 すぐ側のガレキには煤がつき、それのところどころに、何かの機械の残骸と、焦がしてしまった焼肉のような何かがこびりついている。



 厭な臭いが鼻をついた。



「…………は?」


 これは何だ?


 この、服にこびりついている、赤黒いものは、何だ?


 グルルと、鳴き声が聞こえた。魔物の声、ではない。もっと聞き覚えのある……犬だ。俺の、知らない犬だ。俺が知ってる犬はもっと綺麗な毛並みの生意気な犬だ。あんなに必死に火から逃げ惑う犬なんて知らない。ただの似てる犬だ。ああ、ああ、可哀想に。あの様子じゃ助からない。可哀想に。


 その近くに見慣れた眼鏡が落ちていた。

 これは高雅の眼鏡だ。

 まったくアイツは、またカッコつけて眼鏡置いてったんだな。今は魔物と戦ってる最中なんだろう。


 眼鏡の横の大きなゴミはなんだろう。 人の服みたいな布に包まれて押しつぶされた肌色に、赤いペンキを雑に塗りたくったみたいな。

 ああ、その横にいるのは玉置じゃないか。やっと見知った顔がいた。あいつ首から下が地面に埋まってるぞ。相変わらずドジな奴だなあ。


 玉置の方向へ歩く。途中、何かにつまずいた。長い鉄の塊。ひしゃげた大きな鉄骨。その先にあるのは、涼子の右手。


「……ははは」


 ほら。


 やっぱり、また魔物が現れたんだ。十四体目が。

 その証拠に、涼子はまた磁石の力を使えている。

 こんなに大きな鉄骨を、引き寄せている。


 魔物を、倒さないと。俺のこの手で、また世界を救わないと。


 涼子の右手を左手でつかむ。


 しっかりと握って立ち上がらせるようにグッと引っ張る。


 おかしい。冷たい。


 涼子の手を握ったら、あったかいんだ。いつも。冷たい時でも、こころがあったかいんだ。

 なのに、今は、それがない。


 冷たい涼子の右手。


 軽い涼子の右手。


 ……これは涼子の手じゃない。


 涼子の手はギュっと握ると、ちょっとためらってから握り返してくれる。


 でも、これはそうじゃない。


 握り返してくれない。この手は、涼子の手じゃない。



 じゃあ、誰の手なんだろう。



 手から手首、腕へとたどった知らない手。ひじのところで俺は気づいた。


 そうか、持ち主がいないのか。

 それじゃあ、しょうがないな。



 涼子を探そう。


 魔物を探そう。


 涼子と二人で、魔物を倒そう。



 遠くに赤いランプの点滅が見えた。パトカーだろうか。


 ついに魔物が世間の目に触れた。

 何故かそう思うと、心から勇気が沸き立つのを感じる。


 その魔物を、俺が倒すんだ。そうなったら有名人だ。世界中のみんなが俺に憧れる。


 鉄骨の横を歩く俺の靴が、何かを踏んづけた。


 犬のフンかと思ったそれは、どこか見覚えのある、誰かの黒い髪束だった。



 …………。



 ……さあ、もう一度、世界を救おう。




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