前世の名は
翡翠色に戻った男の子の瞳を見て少年の体から一気に力が抜ける。男の子は少年の前まで来ると腰を下ろした。
少年が一息ついたところで床に座った男の子が訊ねた。
「キリスト教には詳しいか?」
男の子の身長が低いため少年を見上げている。だが、その翡翠の瞳には年齢に似合わない力強さと率直さがあり、少年は心のどこかで白旗をあげていた。
自分からあっさりと負けを認める(しかも年下に)のは、どこか癪に障るが、このとき少年は何故か仕方ないと思えた。それだけの何かを翡翠の瞳は秘めている。
少年は力が抜けた笑みを浮かべて言った。
「あぁ。ヴァチカンにいたことがある」
テロリストを殲滅させた後、教会に預けられた時に悪魔祓師になれる能力があると分かり、その教育を受けるためにヴァチカンに住んでいたこともあった。そこでは乾いた土が水を吸収するかのように、すぐに知識と技術を覚え、最年少で免許皆伝となった。
サラリと白状した少年に男の子が薄く笑う。
「それは、いいところにいたな。では、問題だ。四大天使の中で、神に似た者の称号を持ち、神の右腕と呼ばれ、鞘から抜かれた剣、秤がシンボルとなっている、火を司る天使は誰だ?」
そこまで言われればクイズにもならない。
少年は即答した。
「ミカエル」
「そう、それが俺だ。正確には俺の前世の名だが」
「は?」
大きなムーンライトブルーの瞳をますます大きくする少年に、男の子が説明を加えた。
「と、言っても、この世界で語り継がれている話と、俺達の前世とはまったく違う。ついでに、もう一つ問題だ。四大天使の中で、神の炎の称号を持ち、太陽の統率者であり、焔の剣、楯がシンボルになっている、土を司る天使は誰だ?」
「ウリエル」
「そうだ。で、君はよく何を操っている?」
その言葉に少年は思い当たることがあった。
特に気にしていなかったが、言われれば土や大地の気との相性がやけによかった。そして、その力の大きさは他に類を見ないものであり、ヴァチカンから異端視されないためにも、つねに隠していた。
「……まさか……」
少年の感づいた様子に男の子が再びアイスブルーの瞳を向ける。
「あとは自分で思い出せ」
そう言うと男の子は小箱と銃を少年に渡して立ち上がった。
「待て。あいつは、あいつは何者だ?おまえと同じ目の色をしていた!」
少年はこの仕事をしながら、ずっと探していた。姉の仇を。
男の子はドアまで歩くと、足を止めて振り返らずに言った。
「ミカエルの双子星はなんだ?」
男の子はそれだけ言うと、少年の答えを聞かずに姿を消した。
「……ルシファー」
光を掲げる者、曙の明星、という意味を持ち、神からもっとも愛された存在であったにも関わらず、神に反逆をした傲慢という大罪により天界より追放された堕天使。
そして大天使ミカエルの双子の兄と言われている。
「けど、実際は……」
少年は少しずつ痛み出した頭を押さえて城から出て行った。