説得
別荘の一階で響いた爆発音は黒狼だけでなく、屋根の上にいた二人にも聞こえた。
断崖絶壁の上に立つ城は眺望が良い分、海風も強い。しかも屋根が急斜面であるため普通なら命綱が必要な場所なのだが、二人は何も装備することなく平然と立っていた。
「合図だ」
朱羅の言葉に少年が買い物にでも行くような気軽さで応える。
「それじゃ、行きますか」
「突っ走るなよ」
「はい、はい」
少年が軽く返事をすると、二人は揃って窓から部屋に飛び込んだ。そして、目の前の光景にとりあえず固まった。
「アハハハハハハハハハ――――――――――――――――」
甲高い笑い声とともに左手に生首を持ち、右手に血で染まったナイフをかかげている蘭雪の姿。
とても正常とは思えない光景を朱羅は冷静に分析しようとしたが、分析できず少年に問いかけた。
「どういう状況だ?これは」
「わからないけど、とりあえず止めたほうが良くないか?」
この惨劇ともいえる状況でも冷静に会話をしている二人を見て、夜狼が動きを止めた。
「おまえらっ!?」
その表情は蘭雪に殺されかけていたためか、死んだと思った少年が目の前にいるためか、恐怖で引きつっている。
「どうして生きている!?」
動きが止まった夜狼の首に白い手が伸びる。
「夜狼、捕まえた」
蘭雪の右手が夜狼の首を絞める。そのまま手を引けば、ナイフが夜狼の喉を切り裂く位置だ。
「姉さん!」
弟の叫び声にも蘭雪の表情は変わることなく右手が動いた。躊躇いなく夜狼の喉を狙っていたナイフがピタリと止まる。
「はい、そこまで」
少年が蘭雪の後ろから右手をつかむ。その隙に夜狼が蘭雪から離れた。
動きを封じられた蘭雪は顔だけで振り返って少年を見ると、にっこりと微笑んだ。それは無邪気な幼い子どものような罪の意識も汚れもない無垢な笑顔だった。
「一緒に遊んでくれるの?」
「もちろん」
少年が蘭雪を抱きしめる。
「一緒に世界を見に行こう」
蘭雪の動きが止まる。後ろから抱きしめているため少年から蘭雪の顔は見えない。
「……戻った?」
少年は蘭雪の顔を見ようと抱きしめている力を緩めた。その一瞬に蘭雪が素早く少年の腕から逃げる。
「アハハハハハハハハハ――――――――――――――――」
再び笑い声をあげながら踊り始めた蘭雪を見て少年が苦笑いをする。そこに蘭雪が素早くナイフを少年に向けてきた。標的を夜狼から少年へ変更したらしい。
「説得は無理でした」
そう言いながら少年が蘭雪のナイフを軽々と避けていく。その様子を朱羅は呆れ顔で見ていた。
「当然だろ」
「と、いうわけで頼む」
「押さえていろよ」
朱羅の言葉と同時に少年が再び蘭雪の体を抱きしめる。そこに朱羅が間髪いれずに蘭雪に近づいた。
アイスブルーの瞳が牙黄色の瞳を捕らえる。
「汝は誰だ?」
朱羅の言葉に蘭雪の動きがピタリと止まる。
「思い出せ」
蘭雪の左手から生首が落ちる。
「取り戻せ」
蘭雪の右手からナイフが落ちる。
「真実の名を唱えよ」
蘭雪の瞳の色が牙黄色から黒曜石へと変わる。蘭雪が呆然としたまま呟いた。
「……私……どうして……」
「おかえり」
その声に蘭雪はゆっくりと首だけで振り返った。
淡い金髪の下でムーンライトブルーの瞳が嬉しそうに微笑んでいる。その姿に蘭雪の全身が震えた。
「生きて……る?」
「幽霊じゃないぞ。ちゃんと生身だから。ほら」
蘭雪が言われるがまま差し出された手に触る。その手は温かく、現実であることを実感する。
と、同時に先ほどの光景がフラッシュバックした。一番見られたくなかった人に見られてしまった光景が。
蘭雪は放心状態でフラフラと後ずさった。その様子に少年が首を傾げる。
「どうしたの?」
少年が手を伸ばしながら近づいてくる。蘭雪は頭を押さえながら叫んだ。
「来ないで!」
「待って!」
蘭雪は少年の声を無視して部屋から飛び出した。




