狂気
かなりの残酷表現が出てきます。
しかも、続きます。
すみません。
緑の木々に囲まれ、鳥のさえずりが微かに聞こえてくる。断崖絶壁の上に建つ中世の古城を改築した別荘は華やかさより要塞のような頑丈な造りをしていた。
蘭雪は別荘に到着してすぐに一室に案内され、一人で過ごしていた。
過ごすといっても、することは何もなく、椅子に座り壁の一点を見ている。アンティーク家具に囲まれた可愛らしい部屋で、人形のように動かず、何も食べず、何も飲まず、ただ生きている。
そんな蘭雪の姿に、部屋に入ってきた夜狼は悲しそうに目を細めた。
「姉さん、なにか食べないと体に悪いよ」
夜狼の言葉に、蘭雪の反応はない。視線さえ動かさず、ただ壁を見つめている。
「このまま、死ぬつもりなの?」
返事もなく表情も変わることのない蘭雪に、夜狼は持っていた銃を突きつけた。
「わからないよ、姉さんが何を考えてるのか。昔はあんなにわかったのに」
銃の安全装置がゆっくりと外される。
「僕を見ない姉さんなんて、いらない!」
パアァァン……
銃声の後、静寂があたりを包む。蘭雪は瞬き一つすることなく椅子に座ったままだ。頬には一筋の赤い線が出来ている。
「姉さん、どうしたら僕を見てくれるの?」
夜狼が今にも泣き出しそうな声で蘭雪にすがりつく。そこに低い声が響いた。
「あきらめろ」
聞き覚えがある声に夜狼が振り返ると、黒狼が部屋の入り口に立っていた。
「蘭雪は人形なのだ。昔とは違う」
突然現れた黒狼を夜狼が慌てることなく睨む。
「どうやってここに?」
入り口や各部屋に見張りを置いていたのに、なんの連絡もなかった。
「お前は何を勘違いしている?お前の部下も、所詮はワシの部下だ」
その言葉に夜狼が舌打ちをする。
「なにもかもお見通しというわけか」
「お前がワシの命を狙っていたのは知っておった。そう教育したのはワシだ。だが、蘭雪を誘拐させるために、英国極秘諜報局へワシの情報を売るとは思わなかったぞ」
「姉さんが手に入るなら、何もいらない」
「その結果が、これか」
黒狼が蘭雪を見るが何の反応もない。
「……いい」
黒狼がゆったりと満足そうに笑う。
「お前があいつを殺したおかげで、蘭雪は元の人形に戻った。あとは、スイッチを入れるだけだ」
そう言うと、黒狼は袋から布に包まれた球体を取り出した。
「蘭雪、プレゼントだ」
黒狼が蘭雪の膝の上に球体を置き、布をそっと取る。
「なっ……ウーゴ!?」
夜狼が思わず悲鳴を上げた。
「二日前、レストランでワシを襲ったのは、こいつだろ?所詮、親の七光りで後を継いだ程度の男だ。遅かれ早かれ、こうなる」
蘭雪の膝の上に三十代ぐらいのイタリア男の生首が転がる。生温かい血が蘭雪の服に広がっていく。
「僕もそうなるのか」
夜狼の全てを悟ったような落ち着いた言葉に、黒狼が冷たい視線をむける。
「お前を殺すのは、ワシではない」
その言葉に夜狼の表情は変わらない。
二人が会話をしている間に蘭雪の手が動いていた。そっと生首に触れると、持ち上げながら牙黄色の瞳でうっとりと微笑んだ。
「お父様、見つけた」
そう言うと蘭雪はゆっくりと立ち上がり、軽やかに足を動かし始めた。
「姉さん?」
今まで見たことのない蘭雪の表情に、夜狼が恐る恐る手を伸ばす。すると蘭雪は夜狼の手を無視して甲高い声を出しながら、クルクルと踊り始めた。
「アハハハハハハハハハ――――――――――――――――」
蘭雪の尋常ではない姿に、夜狼が一歩下がる。
「姉……さん……?」
ようやく出せた掠れ声に、蘭雪の視線が止まる。
「夜狼、見つけた」
蘭雪は微笑んだまま、懐からナイフを取り出す。その姿は狂気と死という美しさをまとっている。
そのまま蘭雪が夜狼に微笑みかける。
「一緒に踊ろう」
蘭雪は優雅な動きでナイフを夜狼の喉へ切りつけた。
「!」
夜狼は間一髪でナイフから逃れたが、その首からは血が流れている。
「夜狼、どうして逃げるの?一緒に踊ろう」
突然の蘭雪の奇行から、夜狼が真っ青な顔をして息も絶え絶え逃げる。
「姉さん!僕が分からないの!?」
叫ぶ夜狼を蘭雪が楽しそうに踊りながら追いかけていく。
「夜狼でしょ?わかってる」
「なら、どうして!?」
「一緒に踊ろう」
会話が通じない蘭雪に夜狼は逃げることしか出来ない。そこに一階から爆発音が響いた。
黙って孫達を見ていた黒狼が首を傾げる。
「なんだ?蘭雪、ワシは様子を見てくるから夜狼と遊んでいろ」
そう言うと、黒狼は部屋から出て行った。




