デート
いらない注目を浴びた蘭雪が慌てて少年の手をひぱって裏路地へと入る。そこで今まで大人しく蘭雪に連行されていた少年が頭頂部をさすりながら言った。
「痛い」
その言葉に蘭雪は少年に視線をむけて何か言おうとしたが、手を放して何も言わずに前を向いて歩きだした。そこで再び少年が蘭雪の腕を引っ張る。
「あ、そっちじゃなくて、こっち」
「は?え?ちょっと……」
戸惑う蘭雪を無視して少年が再びリードをする。
蘭雪は本来なら他人との不必要な接触はしないほうがいいのだが、この少年といると調子が狂っていた。離れるタイミングがつかめず、気が付くと少年に引っ張られるまま広場に来ていた。
そこでは十代や二十代の若者が広場の中央にある階段を中心に集まっている。
蘭雪が頭の中の地図と現在地を照らし合わして名称を言った。
「ここは……スペイン広場?」
その質問に答えるはずの少年の姿がない。蘭雪は慌てて周りを見るが、煙のように少年の姿が消えている。
「一体、何処に?それより、今のうちに……」
理由は分からないが今なら少年から離れられる。
蘭雪はそう判断して宿泊しているホテルに帰ろうとすると、目の前にピンク色の物体が現れた。
「はい」
ピンク色の物体の向こうには少年の笑顔。少年から離れる機会を失ったことに落胆しながらも蘭雪は疑問を口にした。
「なに、これ?」
「ジェラード」
「見れば分かる。これをどうしろと言うの?」
少年は首を傾げる蘭雪にもう一度ジェラードを差し出した。よく見ると少年もジェラードを持っている。色は白だが。
「スペイン広場に来て、ジェラードを食べないで何を食べるの?」
少年の行動に蘭雪は混乱した。
何故、ジェラードなのか分からないし、それ以前に、お腹は空いておらず食べたいとは思っていない。
蘭雪がいろいろ考えながら少年の顔を見ると、そこには嬉しそうな笑顔があった。その表情に押された蘭雪は無言でジェラードを受け取っていた。
「とける前に食べて。美味しいよ」
そう言って少年がジェラードを口に含むが蘭雪の手は動かない。
その様子に少年は何を考えたのか蘭雪と自分のジェラードを見て大いに慌てた。
「もしかして、ストロベリー嫌いだった?バニラのほうが良かった?うわぁ、どうしよう?」
本当に困ったように頭をかく少年の姿に、蘭雪は心の中で何かが軽くなるのを感じた。この少年は自分に害になるようなことは考えていない。疑うだけ無駄なのだと。
そう感じて蘭雪は何も考えずにジェラードを舐めた。甘いがストロベリーの酸っぱさが丁度良い。
「……おいしい」
蘭雪の一言に困っていた少年の顔が一気に笑顔へと変わる。
「よかった」
満足そうな少年に蘭雪はふと浮かんだ疑問を聞いた。
「どうしてスペイン広場でジェラードなの?」
「ローマの休日っていう映画、知らない?」
「あらすじなら知ってる」
蘭雪の答えに少し残念そうに笑った。
「あの映画が名作って言われる理由を感じたくて、マネしているんだ」
「感じる?知るじゃなくて?」
「そう。人に言われて知るんじゃなくて自分で感じたいと思って」
「……なんとなく分かるわ」
蘭雪の言葉に少年が無言で微笑む。そのまま流れる沈黙に蘭雪が無表情のまま声を出す。
「私が分かったら、いけないの?」
「そんなことないよ。むしろ分かってくれると思ってた」
「え?」
蘭雪の疑問を無視してジェラードを食べ終えた少年が蘭雪の手を握る。
「行こう」
そのまま二人はスペイン広場を抜けて店が立ち並ぶ大通りを歩いていった。




