空港
窓の外は白い雲と青い空しか見えない。自家用ジェット機であり関係者以外は搭乗していないはずなのだが、黒服の男達が緊張した雰囲気で周囲を警戒している。
護衛されている中心には、初老の男と少女がいた。
少女は光を持たない黒曜石のような瞳で冷たく周囲の大人を観察している。漆黒の黒髪を背中に垂らして静かに姿勢よく座っている姿は、大人しい子どもというより動かない人形のようだ。
初老の男が少女に声をかける。
「疲れたか?」
「いえ、疲れていません」
感情のない口調に初老の男は目を細めて満足そうに頷いた。
「空港にはワシの友人が出迎えに来ているから、失礼のないよう挨拶するのだぞ」
「はい」
一時間後、ジェット機が問題なく空港に着陸した。
それほど大きくない空港の端に着陸したジェット機にタラップが接続され、黒服の男達に囲まれた初老の男と少女が降りてくる。
その先にはスーツとサングラスをつけて整列した男達がいた。着ているスーツのデザインは様々だが全員が遊び心を一つ入れており小粋なセンスが見える。
その中から五十歳ぐらいの男が初老の男の前に歩いてきた。
「お久しぶりです。柳 黒狼殿」
「あぁ。久しぶりだな、ドミニコ」
ドミニコは黒狼と握手をすると、少女のほうを笑顔で見た。
「たしかお孫さんは男の子でしたよね?この可愛らしいお嬢さんは誰ですか?」
「あぁ、初めて会うんだったな。これもワシの孫で、蘭雪という」
蘭雪と紹介された少女が一歩前に出る。
『柳 蘭雪と申します。お見知りおきを』
英語で黒狼と会話していたドミニコに対して蘭雪はイタリア語で挨拶をした。その綺麗な発音にドミニコは素直に驚いた表情をする。
「素晴らしい。覚えるのは大変だったろうに。実に頭の良い子ですね」
「自慢の孫だ」
祖父に褒められようと蘭雪の表情が変わることはない。
ドミニコはそんな蘭雪の様子を気にすることなく、すぐ側に停められているリムジンを手で示した。
「こちらへどうぞ。夕食を食べながら、ゆっくり話をしましょう」
「そうだな」
ドミニコに案内されるまま初老の男と少女がリムジンに乗り込む。
その光景を空港の二階にあるガラス張りのロビーから見下ろしている少年がいた。
常人では決して聞こえるはずがない場所から蘭雪の声を聞きとった少年は、肩にかかる淡い金髪を一つに束ねて軽く口笛を吹いた。
「さすが、マイハニー。あの調子だとイタリア語は完璧だな。けど、オレがここにいることに気づいていないってことは、記憶は戻ってないのか」
少年の眼下で数台のリムジンが列を作って滑走路から走り去っていく。少年はその動きを無言で見つめたまま腕組みをして少し悩んだ後、ポンと手を叩いた。
「急がば回れっていう、どこかの国の言葉もあるし、今日は様子を見るだけにしよう。あいつは明日までに来るって言ってたしな。うん、そうしよう。そういえば、ここの近くにサンドイッチが美味しいって評判の店があるよな。一つ買っていくか」
そう言って少年が軽い足取りで出口に歩いていく。その後ろ姿はどう見ても、どこにでもいるような普通のミドルティーンだった。




