人形
サッカーコートほどの大きさの鍛錬場に十数人の男と十二、三歳ほどの少女がいた。
男たちは全員、黒いスーツを着ており、少女を取り囲んでいる。ただ、数人は少女の足元で気絶していた。そして倒れていない男達は肩で息をしながら少女を睨んでいる。
尋常ではない状況にも関わらず、少女はゆっくりと呼吸をしながら小さい体で周りを見た。自分が疲れていることを相手に気づかれないように平然としたまま男達の隙を探す。だが、それは男達も同じだった。
周囲を警戒していた少女の視線が一瞬、止まる。その一瞬に男達が一斉に動き、少女との距離をつめたが、その中心に少女の姿はなかった。
男達が慌てて少女を探すが見つける前に次々と倒れていく。
「どこだ!?」
唯一、声を出せた男も少女の姿を確認する前にみぞおちに鋭い衝撃を受けると同時に意識を失った。
最後の一人が倒れたところで少女は視線を鍛錬場の入り口に向けた。そこにはウサギのぬいぐるみを持った初老の男がいる。
「蘭雪」
低くて暗い声に名前を呼ばれた少女が初老の男の前に静かに歩いていく。疲労の色を顔に出さない少女の姿に初老の男は満足そうに頷く。
「お前はまるで人形のようだ。その無表情がいい」
そう言って初老の男は少女にピンクの可愛らしいウサギのぬいぐるみを渡した。
だが、少女の顔に喜びや嬉しさなどの感情は見えない。それどころか少女はぬいぐるみを受け取ると腕に隠していたナイフで素早く切り裂く。すると、ぬいぐるみの腹の中からタイマー付きの時限爆弾が現れた。カウントダウンを刻むタイマーは残り五分を切っている。
息を飲むような現状だが少女に驚いた様子は見られず、時限爆弾を覆っていたウサギのぬいぐるみを床に投げ捨てた。そして時限爆弾の構造を確認した後、床に置いて解体を始めた。
少女は黒い箱の隙間にナイフを突き刺して器用に蓋を開けると、配線を選り分けて簡単に導線を見つけだした。そのまま右手に持ったナイフを近づけて導線を切ろうとしたが、そこで想定外のことが起きた。先ほどの男達との戦いで痛めた腕が震えて導線を上手く切れないのだ。
少女は震える手を一瞥すると、躊躇うことなくナイフを口にくわえた。そして時限爆弾に顔を近づけて導線を切り始めた。だが、切らなければならない導線は一本ではない。
手で配線を選り分けながら口にくわえたナイフで導線を切っていく。もし、切る順番を間違えれば即爆発だ。爆弾の大きさからして、爆発すれば顔は原型をとどめていない程の破壊力はある。それどころか、命の危険さえありうる。
目の前で爆発する恐怖。刻一刻と迫る時間への焦り。
しかし少女に、そんな雰囲気はなかった。こうすることが当たり前のように、淡々と時限爆弾を解体していく。
「終わりました」
少女がナイフを持って立ち上がる。その顔に安堵感や達成感はない。ただ無表情に初老の男を見ている。
その姿に初老の男は微笑んだ。
「明日、ローマに行くから一緒に来い。お前はわしの跡継ぎだ。まだまだ学ぶことはあるぞ」
そう言いながら初老の男は残り二秒で止まっている時限爆弾を拾うと、入り口の外の噴水に向かって投げた。
耳を裂くような爆発音とともに爆風が鍛錬場の中に吹き込む。土煙が消えると、そこにあった噴水は跡形もなくなり水が高々と噴出していた。
「すっきりしたな」
全てを黙らす暗く低い声が鍛錬場に響いた。




