少年と空
第一章、第二章から約二年後の話です。
回想している場面は第一章の「収穫祭と少年の決意」の後の話です。
分かりずらくて、すみません。
レンガが敷きつめられた道に沿って中世から近代にかけて建造された建物が整然と並ぶ街中。
車がようやく一台通れるぐらいの道に様々な露店が立ち並び、霧雨が降る中でレインコートを着た人々が普段通りに買い物をしている。この地域では珍しくない天気のため、これぐらいの雨ならば地元民は傘を使用しないのだ。
その中を明らかにサイズが大きいレインコートを羽織って速足で歩いている子どもがいた。
体の大きさからして十代半ばのようだが、顔、年齢、性別の全てを隠すようにレインコートで体を包んでいる。外見に気を使い、おしゃれをする年代がする格好にしては異様だが、すれ違う人々は誰も気に留めない。
その子どもは誰の視界にも入ることなく、こぢんまりとしたカフェの中へ入っていった。
カフェの中は楽しそうに会話をするカップルや学校帰りの学生、携帯電話で商談をしているサラリーマンなど、様々な職種の人で賑わっていた。そして、これだけの人がいるのに誰一人、店員でさえもカフェに入ってきた子どもに気が付かない。
黒いレインコートを羽織った子どもは入ってすぐに立ち止まると、近くの席に座っていた男性に向かって右手をまっすぐ向けた。
レインコートの袖が長いため右手は隠れていたが、裾から少しだけ黒い筒が顔を出している。そして目の前で子どもが立っているにも関わらず男性は気付くことなくパソコンを操作している。
子どもの手が微かに動くと同時に音もなく筒の中から薄っすらと煙が上がった。男性の額と心臓から赤い液体が流れ出し、体は椅子に全体重を預けるように脱力する。
子どもは男性が操作していたパソコンを手に取り、死神のように黒いレインコートを翻してカフェから出ていった。
カフェの外に出ると足元に光が差しこんできたため、子どもは思わず空を見上げて呟いた。
「やんだか」
若々しく少し低い声は声変わり前の少年を連想させる。
子どもの視線の先には、雲の隙間から太陽の光が空からの道のように地上に向かってまっすぐに伸びている光景があった。
「あの日もこんな空だったな」
黒いレインコートの下で二年前の記憶が過ぎった。
超高級マンションの一室。
大理石が敷き詰められたモダンなデザインのリビングにソファーとガラスでできたローテーブルがある。窓は壁一面がガラス張りになっており、周囲のビルの屋上とその先にある海までが一望できた。
ただ今日は天気が悪く、重く暗い雲から窓を叩きつけるような大粒の雨が降っている。
そんな無機質で無駄なまでに広いリビングで向かい合うように少年と男の子がソファーに座っていた。
十代前半ぐらいの少年は一見すると少女にも見えるほどの大きな瞳と整った顔立ちをしている。淡い金髪とムーンライトブルーの瞳が幻想的な儚い雰囲気を漂わせている。
そして男の子はまだ十歳になっていないぐらいの年齢にも関わらず、無表情でソファーにゆったりと座っていた。銀髪が冷たく輝き、翡翠の瞳が鋭く輝いている。その姿に子ども特有の明るさや無邪気さは一切ない。
「失礼します」
二人の間にハニーブロンドの青年がティーセットを持って現れた。青年の右眼は包帯が巻かれ、濃い緋の色をした左眼が少し伸びた前髪に隠れるように見える。
その様子を見て少年が青年に声をかけた。
「目の調子はどうだ?」
儚い雰囲気とはかけ離れた口調に青年が慣れた手つきでローテーブルに紅茶をセッティングしながら答える。
「調子はいいです。だいぶん慣れました」
「なら、よかった。使いこなせるようになれよ」
「それには、もう少し時間がかかりそうです」
そう言うと青年は男の子の方を見て訊ねた。
「必要なものはございますか?」
青年の言葉に男の子は年齢にそぐわない口調で堂々と言った。
「いや、ない」
「わかりました。なにかご用事がありましたら、お呼び下さい。ごゆっくりどうぞ。失礼します」
そのまま青年は優雅に頭を下げると足音もなく静かにリビングから出て行った。少年は青年の背中を見送った後、真剣な表情で男の子に言った。
「この仕事をこのまま続けようと思う」
「それで、いいのか?」
男の子の言葉に少年が不敵に笑う。
「お前が動けないかわりに、オレが動いてやるよ。今のオレなら、どんな国でも行けるし、姿や名前はいくらでも変えられる。利用できるものは、なんでも利用する」
男の子はローテーブルに置いてあるティーカップを持ち上げながら言った。
「逆に利用されないように」
少年も優雅な動作でティーカップを口につけながら答える。
「肝に命じとく」
「そう思えるなら、まだ大丈夫だな」
男の子の年齢と言葉の内容のギャップに苦笑しながら少年が言う。
「オレは自分を過信するほど成長していないからな」
「俺もそうだ。まったく、なんで人間の体はこんなに成長が遅い?」
自分の姿を見ながらブツブツ文句を言う男の子の姿に少年が軽く笑う。
「成長速度は人間の体のほうが速いぞ。さてと、そろそろ行くわ」
少年は空になったティーカップをローテーブルの上に置いて立ち上がった。
「死ぬなよ」
冷たい翡翠の瞳にムーンライトブルーの瞳が細くなる。
「ハニーに会えるまで死ねるか」
その言葉に男の子の無表情が崩れた。
「なんだ、その言葉は?名前か?」
「生まれ変わっているだろうけど名前が分からないから仮の名前。本人が聞いたら全力で恥ずかしがりそうだからさ。あ、ハニーよりスィートのほうが恥ずかしいかな?」
男の子が呆れたように少年を見た。
「あいつがどちらの性別で生まれているか分からないのに、よくそんな呼び方が出来るな。それとも嫌がらせか?」
「まさか」
そう言って少年は楽しそうに笑うと、そのまま部屋から出て行った。窓の外では大雨が止み、雲の隙間からは太陽の光が空からの道のように地上に向かってまっすぐに伸びていた。
黒いレインコートを羽織ったまま少年が頷く。
「スィートよりハニーのほうが、しっくりくるんだよな。やっぱりハニーだな、うん」
独り言を言いながらカフェから十メートルほど歩いた所で、ようやく悲鳴が聞こえてきた。
「キャー!」
「死んでる!」
「人殺しよー!」
カフェの中から響いてくる叫び声に、道を歩いていた人々がざわつき始める。そんな周囲の喧騒など関係ないように少年はのんびりと歩きながら言った。
「やっぱり空は青に限るな」
太陽とともに姿を見せた青空に少年は微笑みかけた。




