スカウト
オーブに逃げられたアントーン医師が少し残念そうに肩をすくめる。
「ふられちまった」
アントーン医師の言葉にディーンが呆れたように忠告した。
「ふられて正解だ。顔は綺麗だが、かなりの危険人物なんだぞ」
その言葉にアントーン医師は人差し指を顔の前に出してチッチッチッと左右に振った。
「その義眼はそんなことが問題にならないぐらいの代物なんだ。おまえさんは医学に疎いから知らないだろうが、現在の医学じゃ眼球の形をした義眼は開発段階で完成品どころか実物さえないんだよ」
そう言うとアントーン医師は両手でヘルメットを被るような仕草をした。
「カメラがついた装置を被って、その映像を脳に直接信号を送ることで物が見えるようにするものはあるが、眼球型で体内に埋め込んで使えるものはない。それを造るには現在の科学を持ってしても、あと十年以上の研究と実験が必要だ。それを、あの小僧はたった三日で造っちまいやがった。その知識と技術は是非、欲しい」
アントーン医師は悔しそうに言いながら朱羅を見た。
「おい、坊主。今度会う時、声をかけといてくれないか?」
「……一応、伝えておく。無駄だと思うが」
「頼むぞ。ところでリルの全身検査はしてもいいのか?退院前に総チェックをしときたいんだが」
「ああ。義眼は磁場や電波に影響されないように造ったからな。どんな検査も問題ないはずだ」
「……そうか。坊主も一緒に造ったんだよな」
アントーン医師が納得したように頷きながら朱羅を見る。その表情に朱羅の中で嫌な予感がよぎる。
「……なんだ?」
訝しげな朱羅にアントーン医師が満足そうに笑う。
「坊主、技師開発部門の部長にならないか?坊主の頭なら問題ない」
「遠慮する」
即答したかと思うと朱羅は脱兎のごとく部屋から飛び出して行った。
「あ、コラ!勝手に行くな!」
叫びながらディーンが慌てて追いかける。
部屋にはリルとアントーン医師が残された。
「人間、諦めも肝心ですよ」
リルの言葉にアントーン医師が苦笑いをする。
「それでも諦めきれないのが人間ってもんだ。坊主に気が向いたら来てくれって言っといてくれ」
「わかりました」
無駄だと思いますけど。
最後の言葉は言わずにリルはいつものように微笑んだ。
特別室が並ぶため関係者以外立ち入り禁止の廊下をオーブがスタスタと歩いていく。
途中でスタッフとすれ違ったが、誰一人視線を合わさない。無視しているわけではなく、オーブの存在そのものに気づいていないのだ。
だが、オーブは気にすることなくアントーン医師の言葉を思いだしていた。
「ほーんと。物好きな、おっさんだな。オレなんか引き抜いてもロクなことないのに」
そう言いながらクックックッと喉を鳴らす。
『…………』
「ん?」
誰かに呼ばれたような気がしてオーブが足を止める。ふわりとした風の流れに誘われて左側を見るとドアが開いた病室があった。
中を覗くと銀髪に白銀の瞳をした女性が上半身を半分起こしたベッドに寝たまま窓の外を見ていた。オーブから見ると女性の横顔しか見えなかったが、それだけでも人並み外れた美しさをしていることが分かる。
外見通り人形のように静かに動く様子のない女性を見て、オーブは頭をかきながら前を向いた。
「気のせいか」
オーブは再び歩き出そうとして、ふと女性が気になって足を止めた。
「なんか、朱羅に似てるな」
オーブがもう一度、女性に視線をむけると、女性もこちらを見ていた。ニッコリと微笑む女性にオーブもつられて笑う。
『朱羅のこと、お願いね』
声は聞こえなかったが、そう言われたような気がしてオーブは苦笑いをした。
「そういえば、昔もそんなこと言われたな。あの時は、こんなことになるなんて思いもしなかったけど」
オーブは病室に入ると微笑んでいる女性の額に手をかざした。
「あんまり効果ないかもしんないけど、受け取って」
女性が瞳を閉じるとオーブの手がほんのりとオレンジ色に輝き始めた。
「……深いな。こりゃ、時間かかるぞ」
オーブの手から輝きが消える。眠りについた女性にオーブは少しだけ微笑んだ。
「腐れ縁だからな」
そう言ってオーブは病室を後にした。




