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もと天使たちの過去話  作者:
翡翠が求めるもの

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34/64

目覚め

 その病室は普通の病室より少し広く、キッチンにトイレ、浴室まであり普通に生活できるだけの設備が整っていた。


 ホテル並みの設備が揃った病室でリルが目覚めたのは、手術が終わってから二日目のことだった。

 体が義眼に対して拒絶反応を示す様子がないことを確認して、朱羅はリルに投与している麻酔薬を減量していく。


 リルは浮上する意識とともに両目を開けたつもりだったが、左眼を動かせなかった。どうにか瞼を開けようとするのだが開かないのだ。

 確認のため左眼を触ろうと手を動かすが、まだ麻酔薬の効いている体は鉛のように重くて思うように動かせない。


 リルは右眼だけ薄っすらと見える白い天井を眺めながら、はっきりしない意識の中、こうなる直前の記憶を思い出そうとしていた。


 ショッピングをしていて……朱羅様が追われて……合流した後、ディーンが叫んで……ディーンの腕から血が噴出して、左目に激痛が走った……ここからの記憶がない。

 今も左目が痛むことを考えると、どうやら銃弾で撃たれたようだ。


 記憶が途切れる寸前を思い出して考えをまとめると、リルは動かせる右眼で周囲を確認した。

 ベッドのすぐ隣にアントーン医師と朱羅、一歩下がったところにディーンがいる。


 リルは朱羅の姿を確認して少し痛むのどで(かす)れた声を出した。


「怪我はありませんでしたか?」


 その言葉に全員が絶句した。


 大怪我をしている人に心配されたくないが、それ以前に今まで仮死状態だった人間が目覚めて一番に言う言葉ではない。


 朱羅が苦笑いをしながら答える。


「無事だ。左眼はどうだ?痛むか?」


「少し痛みますが大丈夫です」


 しっかりしたリルの様子にアントーン医師が今後の予定を説明した。


「二、三日は腫れると思うが、一週間で包帯はとれる予定だ。それまでは大人しく安静にしているんだぞ」


 義眼については誰も言わない。朱羅が義眼については、包帯が取れるまでリルに伝えないように言っていたからだ。


 麻酔から覚めた直後にしては落ち着きすぎているリルが素直に頷く。


「わかりました」


 静かに微笑むリルの姿を見てディーンが朱羅に小声で話しかける。その内容に朱羅が少し眉間にしわを寄せて言った。


「あまり負担をかけさせるな。五分だけだぞ」


「あぁ」


 頷くディーンを見て朱羅はアントーン医師とともに病室から出て行った。


 ディーンが言いにくそうにリルから視線を逸らして口を開く。


「悪かっ……」


 ディーンの言葉を消すようにリルの言葉が被さった。


「ありがとうございます」


 その言葉にディーンは呆然とした。


「なんで……?なんで、おまえが礼を言うんだよ?おれがもっと早く気づいていれば、こんな大怪我はしなかったんだぞ?」


 琥珀の瞳が薄い蒼の右眼を見るが、包帯で(おお)われている左眼のようにリルの考えは見えない。


 戸惑うディーンにリルは微笑みながら言った。


「貴方が銃撃に気づかなければ朱羅はどうなっていたか分かりません。それに貴方がかばってくれなければ私は死んでいました」


「でも、おまえの目を……」


 その言葉には、さすがのリルも視線をディーンから外した。


「わかっています。これからは、もう一緒に仕事はできませんが、朱羅のことをお願いします」


 全てを悟ったような口調にディーンは左腕の傷が痛んだ。数日後には抜糸をする予定になっており、最近は傷みを感じることは少なくなっていたのだが。


 ディーンは思わず左腕に力を入れて言った。


「あきらめるな!まだ終わったわけじゃない!まだ右眼が残ってる!!それに、おまえ以外に誰があの悪ガキの面倒をみるんだ?おれはもう嫌だからな!」


 リルが撃たれて眠っている間、ディーンは散々パシリのように使われた。義眼のための資料や機材の調達はまだよかったのだが、一番問題だったのが食事だった。

 なんでもいい、とか言いながらも朱羅はディーンが持ってきた食事にはかならず一言文句をつけていた。そして、そのうち朱羅は食事に対して細かく指示を出すようになっていた。


 食えればなんでもいいディーンにとっては考えられないことなのだが、朱羅は肉や魚の種類から野菜の原産国、ソースの味の種類まで細かいことに五月蝿かった。

 今では専属のシェフを呼んで朱羅の言った食材を揃えて料理をさせている。それでも、まだ不満が出るのだからディーンは完全にお手上げ状態だ。


 そんなことを眠っていたリルが知るわけないのだが、心底嫌そうなディーンの表情を見て、リルは自分がいない間のディーンの苦労を容易に想像することができた。


「大変でしたね。……わかりました。今度、朱羅と話したいと思います」


「そうしろ。ついでに我がまま言いすぎだって言っといてくれ」


「わかりました」


 笑いを堪えるように頷くリルにディーンは、絶対だぞ!と本気で念押しをした。



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