治療
リルの緊急処置をしている姿が見られる位置でディーンが左腕の治療を受けていた。そして、その目の前では朱羅とアントーン医師が静かな言い争い、というか喧嘩をしていた。
「そんなことをしたら手遅れになる。坊主の頭のよさは認める。だがな、坊主は医者じゃないんだ」
「わかっている。だが、今その処置をしたら目は一生見えなくなる。それとも、その処置をしたあと視力を回復させることが出来るのか?なら、すればいい」
口調はあくまでも淡々としているが、内容は挑発しているとしか思えない。だが、アントーン医師もさすがに大人だ。冷静に現状を説明する。
「今は目より命が危ない状態だ。命を助けることを最優先に考える。それに視力はどうやっても戻らない。弾が眼球を潰して脳まで達しているんだからな」
そう言ってアントーン医師がレントゲンを指差した。
「弾が脳に達している以上、なんらかの後遺症が出る可能性は強い。早期治療が重要だ」
「なっ!?」
アントーン医師の説明に驚いてディーンが立ち上がろうとしたが、朱羅に体を抑えつけられた。
「治療の途中だ。動くな」
子どもにしては強すぎる力によって立ち上がれなかったディーンは渋々黙った。
その様子に、傷の縫合をしていた若い医師が安堵する。先ほど、いきなりディーンが動いたため針が自分の指に刺さりそうになっていたのだ。
朱羅はMRI画像を出してアントーン医師に話の続きを始めた。
「脳内に出血はない。脳に達しているのは弾の先端だけで、脳にほとんど損傷はない。五日……いや、三日でいい。時間をくれ」
朱羅の提案にアントーン医師が目を細める。
「三日で、どうするんだ?」
「義眼を造る」
「……坊主、本気か?」
唖然とするアントーン医師に朱羅がしっかりと頷く。アントーン医師は翡翠の瞳を覗き込みながら訊ねた。
「完成品があるのか?」
「いや」
「試作品か?」
「違う」
「設計図は?」
「ない。これから造る」
その言葉に医学知識ゼロのディーンでさえ唖然とした。アントーン医師は鳩が豆鉄砲をくらった顔をした。そしてディーンの腕の縫合をしている若い医師は真剣な顔で自分の仕事をしていたが、心の中では大爆笑をしていた。
アントーン医師は無謀を通り越した、バカバカしい計画をもう一度確認した。
「……坊主。それは、この三日で義眼を造って移植するってことか?」
疑うような声に朱羅は堂々と答える。
「そうだ。移植は三日後。ただ、移植は俺一人では無理だから手伝ってほしい」
こうなれば大笑いするしかない。だが、笑う者は誰もいなかった。
始めは心の中で大爆笑した若い医師も、朱羅の重みと確信を含んだ声を聞いて何も言えなかった。
外見は六歳の子ども。だが翡翠の瞳には何かがある。それは、光や輝きという眩しいものではなく、深い海の底のように静かで暗い。だが決して冷たくはなく、逆に燃え盛る炎のように熱く感じる。そして朱羅を包む独特の雰囲気が、もしかしたら……という根拠のない希望を思わせる。
その姿にアントーン医師はアクセリナを思い出した。
大学の学会と衝突して以降、片田舎でくすぶっていたアントーン医師を見つけだし、アクディル財閥の主治医に抜擢したのはアクセリナだった。
アントーン医師に会うためだけに、アクセリナはわざわざ辺境の片田舎まで来た。そんなアクセリナに初めて会った時、アントーン医師は表現の仕様がない衝撃に襲われた。
炎のように誰よりも熱く生きているのに、謎を秘めた神秘的な雰囲気をまとっている。それはテレビや雑誌などで評価されている外見の美しさより、より強く鮮明に印象に残った。
そして、それと同じものを朱羅にも感じる。
綺羅がアントーン医師をアクディル財閥の主治医に任命した時にアクセリナが言った言葉を思い出した。
『私の子どもが我がままを言うかもしれないけど、出来るだけ聞いてあげて。その我がままに答えられるだけの腕を持っている人は、あなたしかいないから』
アントーン医師は自然と記憶の中の言葉に頷いていた。
「まったくだ」
頭を切り替えたアントーン医師は処置をしているスタッフに指示を出した。
「この患者を仮死状態にする。体温も下げろ。薬は……」
スタッフの中へと歩いていき指示を出すアントーン医師の姿に、朱羅は軽く息を吐いてディーンの傷を見た。
「神経に損傷はないようだが、しばらく安静にしていろ」
それだけ言うと朱羅はスタスタと歩き出した。
「あ、おい、待……イテ!」
ディーンが急に動いたため、若い医師の持っていた針が麻酔の効いていないところに突き刺さったのだ。
「動かないで下さい!」
若い医師の叫び声にディーンは悪い目つきをますます悪くして睨んだ。
「あぁ!?じゃあ、とっとと終わらせろ!悪ガキ!おれの目が届かないところに行くな!!」
アクディル財閥の病院内だから安全ということはない。むしろ人の出入りの激しい病院は護衛が難しいのだ。
だが朱羅は足を止めることはなく部屋から出て行った。
「おい!」
ディーンの大声にアントーン医師の一喝が飛ぶ。
「静かにしろ!ここは病院だぞ!」
これには、さすがのディーンも渋々黙った。
ディーンの治療が終わっても、もちろん朱羅は戻って来なかった。ディーンは四棟ある十階建ての広い病院、施設内を探し回るはめになった。




